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2005年06月25日

稲城消防署・はしご車

QTVRMAP
はしご車・インテリア↑[QTVR 2.8MB]

市長公用車につづき今回は稲城消防署をお訪ねして、はしご車の写真を撮らせていただきました。

はしご車・正面森田式はしご車:Super Gyro Ladder
・はしご型式:MLE5-35
・車両総重量:18.6t
・長さ:9.67m
・幅:2.49m
・高さ:3.45m
・地上高:35.9m
・起立角度:75°
・年式:'90
一本40mの長いホースも積載しています。
4階以上の建物火災の時に出動して11階ぐらいまで届くそうです。
はしご車・横はしご車・横
はしご車・後はしご車・操縦風景はしご車・はしご

稲城市消防本部
稲城市は1967年に消防本部ができ現在は稲城消防本部・稲城消防署として74人の職員がいます。本団7名と第1分団〜第8分団各20名とで定数167名です。

QTVR
はしご車・はしご付近↑[QTVR 1.6MB]

稲城市は単独消防ですが、相互応援協定があり、府中、調布、多摩、川崎市麻生区と多摩区と協力体制を取っています。日夜、稲城市民7万5千人の生命財産を守ってくださっています。

取材当日は稲城市坂浜地区少年消防クラブの規律訓練、結索訓練、はしご車体験の日でした。
はしご車体験風景セーラー渡り
写真左上は、はしご車体験風景、
写真右上がセーラー渡りの訓練風景です。

取材にご協力いただきました署員のみなさまありがとうございました。

【関連情報】
稲城市消防本部・稲城消防署
はしご車:株式会社モリタ

2005年06月24日

ミャンマーそばの試食会

QTVRMAP
試食風景↑[QTVR 2.4MB]

稲城であったアジアなこと〜稲城も世界に繋がっている〜
6月24日稲城市の花子茶屋 藤田で今年のミャンマーそばの試食会がありました。ミャンマーを5月6日に経ちシンガポール経由で5月30日横浜港に里帰りしたミャンマーそばの実。着いたばかりの実を割ってみると、空気に触れて目に眩しい青にもどったそうです。

-- ミャンマー高原の畑では
-- 昔「ケシ」の花が多く咲いていた。
-- 今「ソバ」の花がさいている。
(外務省のポスターより)

ミャンマーそば日本政府のプロジェクトでケシのかわりにその地の人が生計を立てられるようにと、日本から「キタワセ」というソバの種が渡ったのです。
その種がミャンマーで育ち「ロンタン種」として里帰りしました。
このプロジェクトに関わられている方にとっては、子どもが帰って来たのと同じですから、今年はどんな風に育って帰ってきたのだろうと感慨もひとしおですね。


氏原暉男氏ミャンマーそばを頂くのは今回で2度目です。甘みが口の中に広がります。薬味のワサビと合わさるとなお一層甘みが感じられます。
これは私の感想ですが、ほのかに根菜類の味もしますし、十割だからでしょうか、しっかりおそばを頂いたという満足感があります。「今年の実は特に品質がよく、もちもちしていて繋がりもよく、十割でも打ちやすかった。」と稲城のそば打ち名人藤田敏夫さんのコメントです。
信州大学名誉教授のそば博士・氏原暉男先生から「ソバは昼暑く夜冷えるという最高気温と最低気温の差がないとおいしくならない。」と伺いました。その条件をミャンマー高原は満たしているのですね。写真は氏原先生とミャンマーから届いたそば袋。

日本のそばの年間消費量は13万トンそのうち国産は2割。8割のうちミャンマーそばの占める割合はほーんのほーんのわずかです。
おそば好きの方に是非ミャンマーそばを召し上がっていただきたいのですが、只今のところミャンマーそばとしてメーニューに載っているところはないそうです。残念!

国際協力事業団兵庫国際センターレストランにミャンマーそばの試食券が配られたという記事をJICAのホームページで見つけました。
秋にはテレビでミャンマーそばの特集が放映される予定もあるそうです。その時にはまたお知らせいたします。

【関連情報】
・太陽物産株式会社
・JICA
・財団法人ライオンズ日本財団 アジアの子供たちに明るい未来を

2005年06月21日

危機管理機能搭載の稲城市長公用車

QTVRMAP
車内↑[QTVR 2.0MB]

稲城市では平成17年4月18日より日本で初めての四輪駆動のスポーツタイプ多目的車を市長公用車として使用しています。

外観外観
東京26市の中でも消防本部を自前で設置してるのは稲城市と東久留米市だけとのこと。災害時に迅速に市長が陣頭指揮を執れるようにと、この公用車にしたそうです。車種はTOYOTA社製 Harrier 300Gです。

外観車内には、新潟中越地震災害時に電話や携帯電話が不通になり情報の収集に支障を来したことを教訓にして、常時通信が可能な衛星携帯電話や、消防本部と交信するための防災無線が搭載していました。
カーテレビ、投光器、拡声器、防災装具一式も積み込まれていました。稲城市長と書かれた時代劇の時に岡っ引きが持っているような弓張り提灯もありました。
当初は、ハイブリッド車の予定だったそうですが、納期が間に合わず、やむなく、ガソリン車となったそうです。空手黒帯の市長には黒塗りのセダンよりぴったり。この二ヶ月で二千キロ走ったそうです。

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