« 2008年09月 | main | 2008年12月 »

2008年10月28日

中川ライター店

Flash PanoramaMAP
中川ライター店↑[Flash Panorama 3.2MB]

狸小路4丁目にある中川ライター店、明治35年創業の今年で106年目となる老舗の模型・喫煙具店である。名前はライター店となっているが、店内はプラモデル、鉄道模型、ラジコン等が大方を占め、ちょっと不思議な魅力が漂っている。

中川ライター店その不思議な魅力ってどこからくるのだろう?きっと、その古めかしい建物、テンコ盛り状態の商品陳列、どんな商品が出てくるか分らない?雰囲気だろうか。これが小奇麗で、整然としたディスプレイでは、面白みがないのかもしれない、きっと...。

三代目の中川昌三さんにお話を伺った。昌三さん、大正15年生まれの今年で82歳、元海軍のパイロットである。そんな経歴もあり?天井には所狭しとラジコン飛行機がぶら下がっている。その中のかなり年季の入った一機には「昭和28年頃から日本で本格的にラヂオコントロール飛行機が始められた。北海道は、すこし遅れて、昭和30年に初めて飛行しました。この機体は3号機ですが...。」と解説が書かれていた。

ラジコン飛行機当時、昌三さんは、中学、高校生を引き連れ、多摩川で行われたラジコン飛行機の全国大会にも出場していたそうだ。

現在は、4代目の息子さんが店を継いでいるが、週に3日程はお店に顔を出されているとのこと。年初めに手術をされ、20キロ程痩せられたが、体調は回復に向かっているそうだ。実は、今年に入ってから何度かお店を訪ねたのだが、昌三さんの指定席?にその姿を見ることができず、物足りなさを感じて帰って来た。昌三さん、これからも、その貴重な体験やラジコン飛行機の魅力を子どもたちに語ってくださいネ。

私自身も、小学生の頃、プラモデルにはかなり夢中であった。小遣いを貯めてはセッセと足を運んだ記憶がある。今でもハッキリ憶えているのは、HONDA F-1、たしかタミヤ製だった。白い車体に赤の日の丸がカッコよくて、ショーウインドウにへばりついていたのを思い出した。オヤジ達?には、そんな少年時代の記憶を呼び起こしてくれる中川ライター店である。

中川ライター店
住所:〒060-0063 札幌市中央区南3条西4丁目
営業時間:10時30分 〜 19時00分
定休日:毎週水曜日(祝日の場合、木曜日)
電話:011-221-1442

p.s.
タミヤのHONDA F-1が懐かしくて調べてみたら、ナント、現在も販売されていた。1/20スケールのグランプリコレクション「ホンダ F1 RA272」、そして、1/12スケールの「Honda RA273」。再販、スポット生産のようであるが、そのロングライフにビックリ。

【PR】

2008年10月18日

ホーミーの響き - 嵯峨治彦

Flash PanoramaMAP
嵯峨治彦 - 馬頭琴↑[Flash Panorama 2.3MB]

嵯峨治彦さんのコンサート「地平線音楽会」を聴いた。札幌に来てから、嵯峨さんのホーミー(喉歌)の噂を耳にしていたのだが、なかなか機会が無く、やっとのこと。

ホーミーを初めて聴いたのは、ユーミンがモンゴルを訪ねた時の番組だったような気がする、たしか...。その時は衝撃だった、これホントに一人で歌ってるの???

ホーミーは、一人で低音と高音(倍音)の音を出して歌う歌唱方法。ご存知の方も多いかと思うが、詳細は、嵯峨さんの主宰する「のどうたの会」のホームページに詳しく書かれている。

石の蔵ぎゃらりぃはやし会場は、札幌駅北口からすぐの、石の蔵ぎゃらりぃはやし。札幌軟石でできた古い蔵のギャラリーで、とても落ち着いた空間だ。

コンサートは、馬頭琴とホーミーの嵯峨治彦さん、語りとギターのたなかたかこさんのジョイント。ぎゃらりぃはやしの甘いコーヒーを飲みながら(楽曲的には、ワインの方がもっと、よかったかなぁと後で後悔)目を閉じると、頭の中には、果てしない宇宙が広がっていくような、そんな感覚を呼び起こす演奏だった。

嵯峨さん、プロフィールによると北大の大学院で宇宙物理学を専攻されていたそうだ。ホーミーの中に宇宙を発見したのカモしれない、きっと、、、

音楽の経歴は、モンゴル国人間文化財のネルグイ氏から後継指名を受けたり、ユーミンのアルバムやコンサートに参加したりと、そうそうたるものである。

演奏はもちろん、その風貌や語り口、やはり、ホーミー王子の噂はホントであった。

スユアの波 CREDIT帰って来てから、嵯峨さんの参加しているユーミンのアルバム「スユアの波」を聴いてみた。ユーミンは、荒井由実時代に大ファンであった。しかし、徐々にその音づくりが洗練されて行くとともに、なぜか遠ざかってしまった...。そんなこともあり、このアルバムを聴いたのは初めて。嵯峨さんのホーミーが聴けるのは、最後の曲「Saint of Love」。ゴスペル調の曲にホーミーが新鮮で、アルバム中、最も心に響く曲だった。

嵯峨さんに無理を言って、ライブ音源を提供して頂いた。曲はモンゴル民謡の「深い海」。目を閉じて聴いていると、とっても体がリラックスし解放される。残念ながら今回、嵯峨さんのホーミーをおきかせすることは出来ないが、次回のオタノシミということで、、、

p.s.
たなかたかこさんの語り「黒い馬」も味わい深いものだった。こんどは「白い馬」をぜひ聴いてみたい。

【地平線音楽会】
出演:嵯峨治彦(馬頭琴・喉歌)
ゲスト:たなかたかこ(語り・ギター)
日時:2008年9月3日
会場:石の蔵ぎゃらりぃはやし

【石の蔵ぎゃらりぃはやし】
住所:札幌市北区北8条西1丁目1-3
電話:011-736-0884

●嵯峨治彦さんの10月後半のライブ情報です、詳細は コチラ
お近くの方はゼヒ。

10月19日(日) 空知太ふれあいコンサート in 砂川
場所:砂川市

10月24日(金)真知亜@N響.nakama in えずこホール
場所:宮城県大河原町えずこホール

10月25日(土) 西方寺本堂ライブ「馬頭琴とのど歌」
場所:京都市右京区常盤出口町1

10月27日(月) 源氏物語朗読会 〜光源氏ゆかりの寺にて〜
場所:京都市右京区清凉寺(嵯峨釈迦堂)

10月31日(金) 江部乙小学校
場所:滝川市江部乙町

【関連情報】
嵯峨治彦
野花南(のかなん)
のどうたの会
Wikipedia:モリンホール(馬頭琴)
Wikipedia:ホーミー(喉歌)

2008年10月10日

ツール・ド・北海道2008

Flash PanoramaMAP
ツール・ド・北海道2008:モエレ沼公園↑[Flash Panorama 3.2MB]

今年で22回目となるツール・ド・北海道。その最終ステージ、モエレ沼公園でのクリテリウム競技の様子である。

モエレ沼公園:野外ステージ、モエレ山付近私自身、ツール・ド・北海道の観戦は今年で3回目。コースは道北、道南、道東のエリアで順番に開催され、2003年以降は、主にモエレ沼公園でのクリテリウム競技が最終ステージとなっている。今年は、帯広からのスタートで道東中心のコース。最終第6ステージ、モエレ沼公園でのクリテリウム競技まで全727Kmの行程でレースが行われた。

去年のモエレ沼公園、あいにくの曇り空であったが、今年は、すかっと秋晴れ。青空、公園の緑、そして、風のように駆け抜ける選手たちのカラフルなユニフォーム。毎回感じることだが、この原色の世界が眩しく、観ていて気持ちがいい。

モエレ沼公園:野外ステージ、モエレ山付近レースは、前日まで個人総合時間賞トップの宮澤崇史(梅丹本舗・GDR)がチームのアシストを受け見事初優勝。ゴールでは両手を力一杯突き上げ、体全体でその喜びを爆発させていた。インタビューでは、レース前の厳しい表情から一転、気取らないその口調、そして、ちょっぴりおちゃめな笑顔がとっても魅力的であった。

宮澤崇史選手、長野県出身で現在30歳。氏のプロフィール(梅丹本舗・GDRのホームページ)には、「遅咲きながらもやっと開花...」と書かれている。今年は、北京オリンピック日本代表にも選出されている。ぜひ、遅咲きのエースとして、シャンゼリゼを駆け抜ける勇姿をみせてほしい。

モエレ沼公園:インタビュー風景写真左は、テトラマウンドをバックにレース終了後のインタビュー風景。左から、U23賞の伊藤雅和(鹿屋体育大)、第6ステージ区間優勝者の西谷泰治(愛三工業レーシング)、個人総合時間賞、個人総合ポイント賞の宮澤崇史(梅丹本舗・GDR)、個人総合山岳賞のジュースト・ヴァンレイジェン(VAN VLIET)。

【関連情報】
ツールド北海道 TOUR DE HOKKAIDO
宮澤崇史オフィシャルサイト
梅丹本舗・GDR・EquipeAsada2008
CYCLINGTIME.com:ツール・ド・北海道2008 第6ステージ
Wikipedia:ツール・ド・北海道
Wikipedia:ロードレース

【サイト内関連情報】
panoramas:2007 ツール・ド・北海道国際大会
panoramas:2006 ツール・ド・北海道国際大会
モエレ沼公園インデックス

2008年10月02日

「幸福の黄色いハンカチ」ロケ地

Flash PanoramaMAP
「幸福の黄色いハンカチ」ロケ地↑[Flash Panorama 2.9MB]

映画「幸福の黄色いハンカチ」のラストシーン、刑期を終えた勇作(高倉健)が、夕張の炭鉱住宅で待つ妻の光枝(倍賞千恵子)と再会を果たした場所である。

幸福の黄色いハンカチ ロケ地南側よりこの炭鉱住宅、現在は「幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば」として、夕張の観光スポットとなっている。私自身、夕張を訪れたのは初めて。おまけに「幸福の黄色いハンカチ」を観たのもはるか昔。なので、かすかに残る映画の記憶をもとに巡る夕張プチ巡礼であった。

1977年の公開当時、夕張には、まだ4つの炭鉱が残っていたが、1990年に最後の鉱山が閉鎖され既に18年の歳月が経っている。映画に出て来た下見板張りの木造住宅も、ほとんど姿を消していた。夕張と言えば、昭和の面影が残る街と勝手に想像していたが、考えてみると、人がそこで生活していれば、家も新しくなっていくのは当然ですネ。

しかし、そんな中、このロケ現場や、旧北炭鹿ノ谷倶楽部(夕張鹿鳴館)なのど貴重な建物も残っていた。厳しい財政事情とは思うが、なんとか残ってほしい、そんな想いを抱かせる建物たちであった。

幸福の黄色いハンカチ ロケ地北側よりところで、この「黄色いハンカチ」の由来は、何処から来ているのだろう?監督の山田洋次氏は「幸せの黄色いリボン」の歌詞を聴き、映画化を思い立ったと語っている。「幸せの黄色いリボン」は、1973年、トニー・オーランド&ドーンが歌いアメリカで大ヒットした曲である。この曲かなり印象的で、今でも記憶に残っている。その後、この「黄色のリボン」、アメリカでは湾岸戦争、イラク戦争で、日本でもイラク派遣の時、兵士や隊員の無事を願うシンボルとして話題に上った。

そもそも、この映画の原作は、コラムニストのピート・ハミルが、リーダーズダイジェストに書いたものらしいが、もともとは、古くからアメリカに伝わる民話のようである。この「黄色いハンカチ」の由来については、歴史的な背景も含め、こちらのサイト:世界の民謡・童謡 WORLDFOLKSONG.COM「 黄色いリボンの謎」にとっても詳しく書かれている、興味のある方はゼヒ。

幸福の黄色いハンカチ 炭鉱住宅内展示帰ってから、当時の夕張の風景を確認したくて、久しぶりに「幸福の黄色いハンカチ」を観た。映像からは、ノスタルジックなイメージはもちろんだが、なぜか、屈託の無い明るい日本、北海道を感じてしまった。けっして、今の時代に影が有ると言う訳では無いのだが...。

映画が公開された1977年と言えば、巨人の王貞治がホームランの世界記録756号を達成。音楽では、映画の中でも流れていたが、ピンクレディーが大ヒット。アメリカでは映画「スター・ウォーズ」の第一作が公開、Apple IIが発売されたのもこの年だ。まだまだ右肩上がりの経済成長が期待出来る?そんな時代だったのかもしれない。改めて、ホロリとさせられるけれど、それでいて湿っぽくは無い、ホントよく出来た映画だと思う。

タイトル:幸福の黄色いハンカチ
監督:山田洋次
原作:ピート・ハミル
出演:高倉健、倍賞千恵子、武田鉄矢、桃井かおり、渥美清
公開:1977年

p.s.
この「幸福の黄色いハンカチ」、アメリカへ里帰を果たした。タイトルは「The Yellow Handkerchief」。日本では2009年公開予定。

【関連情報】
Wikipedia:幸福の黄色いハンカチ
Wikipedia:夕張市
Wikipedia:幸せの黄色いリボン
世界の民謡・童謡 WORLDFOLKSONG.COM:黄色いリボンの謎
YouTube:Tie A Yellow Ribbon Round The Ole Oak Tree
YouTube:The Yellow Handkerchief Review

【PR】

Powered by
Movable Type 3.35