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    <updated>2011-11-26T12:41:26Z</updated>
    <subtitle>360度フルスクリーン・パノラマ映像で人、イベント、街、自然をご紹介。</subtitle>
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    <title>割烹酔月</title>
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    <published>2011-11-26T12:39:40Z</published>
    <updated>2011-11-26T12:41:26Z</updated>
    
    <summary>お盆間近の8月11日、岩見沢市にある老舗割烹料理店「酔月」の旧店舗のお別れ会に行ってきた。解体前の最後のお披露目である。</summary>
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        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('pano-full.php?id=p20110811_st8')"><img class="box1" alt="Open Panorama" title="Open Panorama" src="/images/p20110811_st1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(149)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
↑割烹酔月［click to open panorama］

お盆間近の8月11日、岩見沢市にある老舗割烹料理店「酔月」の旧店舗のお別れ会に行ってきた。解体前の最後のお披露目である。]]>
        <![CDATA[<a href="/panoramas/images/p20110811_st0_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="割烹酔月"><img src="/panoramas/images/p20110811_st0_img1s.jpg" class="box1fl" alt="割烹酔月" /></a>酔月は、割烹料理水月の名で明治時代に小樽で創業。その後、札幌での寿司店を経て、この地、岩見沢で大正3年 小料理屋「酔月亭」として開店した。建物は昭和8年に建てられ、その後、増改築を重ね現在に至っている。

会では建物の見学会の他、チェロ奏者の土田英順さんのコンサート、酔月二代目店主 原保昌さん、まち文化研究家 塚田敏信さんのトークショーも行われ、酔月の歴史を振り返り、名残りを惜しんだ。

当日はちょっと早めに訪れ、ゆっくり建物を見学させてもらった。この建物での営業が終了して既に一年近く経つ為か、所々に傷み等が見られる。しかし、格天井等、その造りを観ると当時の華やかさが容易に想像できた。

<a href="/panoramas/images/p20110811_st0_img2l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="原保昌さん"><img src="/panoramas/images/p20110811_st0_img2s.jpg" class="box1fl" alt="原保昌さん" /></a>岩見沢は、古くから炭鉱エリアの交通の要衝として栄えた街である。そして、その中心部に位置する酔月も、炭鉱関連の企業の接待や宴会で賑わった店である。

店主 原保昌さん曰く「昭和20年後半には、お店に専属の芸者を置きました。その前は岩見沢にも見番（置屋）がありました」また、幼少の頃の思い出として「大広間で模型飛行機を飛ばして遊びました。舞台から離すと、丁度、床の間まで行ってゴムがなくなる、そんな感じで...。屋根では凧揚げをしましたが、消防署の木の櫓は、うちの屋根より低かったです」などなど、そのころの岩見沢で酔月がいかに大きな存在であったかが、うかがえる話であった。

魅力的な街って何だ？このような現場に立つといつも考えさせられる。自分の巡った街を思い起こして考えてみると、歴史が息づいている街が多い。ローマは一日に...では無いが、やはり、歴史の年輪が街に魅力を与えていると思う。

だからといって、古い建物を全て残せというのも現実的ではない。しかし、少なくとも街の歴史を感じる建物は、その在りし日を感じ取れる何か？を残して欲しいと思うのである。在りし日を感じ取れる足あと。それは、道端に残った門柱の一部や庭石でもいいのかもしれない。その積み重ねが、魅力的な街につながるのではないだろうか。市民が散歩の途中、何気なく見かけるその痕跡が街の記憶を呼び起こし、そして、愛着へと繋がるはずだ、きっと。]]>
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    <title>はろー書店 一休み</title>
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    <published>2011-11-01T12:56:05Z</published>
    <updated>2011-11-01T12:57:22Z</updated>
    
    <summary>はろー書店が2011年10月16日、15年続いた現店舗での営業を終了した。店主 明石謙一氏曰く「ちょっと長いお休み」である。</summary>
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        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('pano-full.php?id=p20111016_hb1')"><img class="box1" alt="Open Panorama" title="Open Panorama" src="/images/p20111016_hb1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(148)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
↑HELLO BOOKSTORE［click to open panorama］

はろー書店が2011年10月16日、15年続いた現店舗での営業を終了した。店主 明石謙一氏曰く「ちょっと長いお休み」である。]]>
        <![CDATA[<img src="/panoramas/images/p20111016_hb0_img1.jpg" class="box1fl" alt="HELLO BOOKSTORE 明石謙一さん" />はろー書店は書店といっても、洋書、アンティーク雑貨、家具等まで扱っている店で、品物は店主自身が自ら買い付けたモノたちだ。私が初めて訪れたのが2007年春だったので、今から4年ほど前。丁度、アンティークカメラが展示されていたので見に行ったのを覚えている。店内は店主の強いこだわりを感じるモノで溢れていた。「明石さん、このなかで一番お気に入りのモノは何ですか？」と尋ねると、Josef Koudelkaの写真集「EXILES」を見せてくれたのがとても印象的だった。

ここで、ちょと脱線。
Appleの創設者 Steve Jobsの死後、彼にまつわるエピソードがネット上に溢れている。そんな中、Guy Kawasaki氏「What I learned from Steve Jobs」（Cnet）の中の「Customers cannot tell you what they need」がとても共感できた。みんなの意見を集約するより、自分が本当にほしいモノを作れ、ということと自分勝手に理解する。自身の経験を踏まえ感じるのは、多くの人の意見を聞き入れてモノを作ろうとすればするほど、自分自身のそのモノに対する自信と情熱が失われていく。もちろん、マーケッティング等を否定する訳ではないが、モノ作りの現場で最終的には、やはり、個人の自信と情熱が大切だということを再確認した。

いつのころからか街は流行りモノ？で溢れ、ホンモノたちは肩身が狭そうに見える。そんな中、はろー書店には、そんな肩身の狭いモノたちが流れ着き、生き生きしていたように感じた。Jobsは一時、Appleから離れた時期を「人生最良の出来事だった」と振り返っていた。明石氏にとって、そして、はろー書店にとってこれからの数年はそんな時間となることだろう。再登場した時、どんなモノたちを見せてくれるか、今から楽しみである。

【関連情報】
<a href="http://www.hellobookstore.com/blog/">Hello Bookstore Blog</a>
店主ブログ：<a href="http://walkingaround.blog22.fc2.com/">WALKING AROUND</a>
北海道アートダイブ：<a href="http://www.ontona.com/columns/tanaka/2011/10/18/%e3%80%8c%e5%a5%bd%e3%81%8d%e3%81%aa%e3%83%a2%e3%83%8e%e3%81%af%e6%b1%ba%e3%81%97%e3%81%a6%e4%ba%ba%e3%82%92%e8%a3%8f%e5%88%87%e3%82%89%e3%81%aa%e3%81%84%e3%80%8d%e3%80%80%e6%9c%ad%e5%b9%8c%e3%81%ae/">「好きなモノは決して人を裏切らない」札幌のはろー書店が閉店</a>
Cnet：<a href="http://japan.cnet.com/news/commentary/35008853/">S・ジョブズ氏から学んだこと--G・カワサキ氏が得た12の教訓</a>

【サイト内関連情報】
panoramas：<a href="/panoramas/2007/05/hello_bookstore.html">はろー書店</a>]]>
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    <title>ラグタイム・ギター 浜田隆史</title>
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    <published>2011-08-03T03:14:02Z</published>
    <updated>2011-08-03T03:15:30Z</updated>
    
    <summary>小樽在住のラグタイム・ギタリスト浜田隆史氏のストリートライブ風景である。初夏の北海道小樽の遅い午後、心地良いそよ風とスカっと晴れた青空に誘われて、ふらふらっと小樽運河へ寄ってみた。</summary>
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        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('pano-full.php?id=p20110625_hd1')"><img class="box1" alt="Open Panorama" title="Open Panorama" src="/images/p20110625_hd1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(147)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
↑ラグタイム・ギター 浜田隆史［click to open panorama］

小樽在住のラグタイム・ギタリスト浜田隆史氏のストリートライブ風景である。初夏の北海道小樽の遅い午後、心地良いそよ風とスカっと晴れた青空に誘われて、ふらふらっと小樽運河へ寄ってみた。]]>
        <![CDATA[<a href="/panoramas/images/p20110625_hd0_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="浜田隆史 in Jack in a Box"><img src="/panoramas/images/p20110625_hd0_img1s.jpg" class="box1fl" alt="浜田隆史 in Jack in a Box" /></a>ラグタイムの小気味良いリズムが、青空、そよ風と相まって、こちらの体を自然と揺さぶる。そして、その陽気だけれどもちょっぴりメランコリーなメロディが、周りを囲む古い石造りの建物と相まって心も揺さぶるのである。

風景から、改めて浜田氏に目を向けると、彼も心地良さそうに、ギターと共に揺らいでいる。こんな時は、黒いtubeを持ちカシャ、カシャは野暮だ、銀色に光るモノに持ち替えプハァ、プハァ言うべきだ。ソレだけがちょっぴり心残りであった。

それにしても、小樽とラグタイム、とてもマッチしている、何故だろう？帰ってからちょっと調べてみた。ラグタイムは、19世紀末〜20世紀初頭にかけてアメリカで流行った黒人音楽で、酒場等で演奏されたダンス音楽だったらしい。最も有名な曲は、ラグタイム王 Scott Joplinの「The Entertainer」。後に、映画「The Sting」のテーマ曲としても使われた。CM等でも流れていたので聞き憶えのある方も多いはずだ。

Scott Joplinの死後、ジャズの流行もあり、ラグタイムは次第に衰退していく。私自身、自称なんちゃってブルース通ではあるが、ブルース、ゴスペル、ラグタイム、ジャズ等の黒人音楽の歴史については、ほとんど無知であった。当時のアメリカの時代背景とともに、その成り立ちを辿ってみると、アメリカの黒人音楽の懐の深さを実感する。詳細は、にわか勉強の私が言うのも、羽毛より軽い？ので、浜田氏の書かれているご自身のサイト、日本ラグタイムクラブ等を参照されたし。

さて、ラグタイム全盛の19世紀末〜20世紀初頭、小樽はどんな時代だったのか？日本は、丁度、明治後期〜大正〜昭和初期。当時、小樽は北のウォール街と呼ばれ、日本銀行をはじめ多くの銀行が支店を持つ、道内最大の商業都市だったようだ。

そう言えば、以前尋ねた小樽の老舗「<a href="/panoramas/2009/06/iwanaga.html">岩永時計店</a>」（明治29年創業）では、当時、店員で構成された楽団があったそうだ。お店にはいまでも古い足踏みオルガンが残っていた。この時代の小樽の街にも、きっとハイカラな音楽が流れていたことだろう、もしかしたらイキでちょっとリズムのズレた曲なんかも...そんな事を考え自宅でプハァ、プハァしていると、妄想は加速し、頭もゆらゆらとゆラグ時間、あー夏の夜は更ける。

浜田隆史氏の今後のスケジュールは<a href="http://www.geocities.jp/otarunay/yotei.html">こちら</a>
2011年10月には、本州縦断ツアー有り。
小樽運河でのストリートライブ情報は<a href="http://twitter.com/#!/HamadaTakasi">こちら</a>のtwitterにて

【関連情報】
<a href="http://www.geocities.jp/otarunay/">浜田隆史のホームページ</a>
YouTube：<a href="http://www.youtube.com/user/HAMADATakasi?gl=JP&hl=ja">HAMADATakasiさんのチャンネル</a>
日本ラグタイムクラブ：<a href="http://home.att.ne.jp/star/ragtime/">ラグタイム</a>]]>
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    <title>Jack in the Box</title>
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    <published>2010-11-18T02:53:40Z</published>
    <updated>2010-11-18T03:15:32Z</updated>
    
    <summary>スープカレーとアイリッシュ音楽の店「Jack in the Box」である。ジャックは、この地で20年近く営業を続けて来たが、建物の老朽化に伴い移転となった。移転前の8月中旬、店主でありボタン・アコーディオン奏者の高倉雄造さんを訪ねお話を伺った。。</summary>
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        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('pano-full.php?id=p20100813_jk1')"><img class="box1" alt="Open Panorama" title="Open Panorama" src="/images/p20100813_jk1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(146)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
↑旧 Jack in the Box 高倉雄造［click to open panorama］

スープカレーとアイリッシュ音楽の店「<a href="http://plaza.rakuten.co.jp/bosca/">Jack in the Box</a>」である。ジャックは、この地で20年近く営業を続けて来たが、建物の老朽化に伴い移転となった。移転前の8月中旬、店主でありボタン・アコーディオン奏者の高倉雄造さんを訪ねお話を伺った。]]>
        <![CDATA[<a href="/panoramas/images/p20100813_jk0_img2l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="コーダ荘"><img src="/panoramas/images/p20100813_jk0_img2s.jpg" class="box1fl" alt="コーダ荘" /></a>お店は、札幌市東区北16条東1丁目のコーダ荘という木造二階建アパートの一階正面に在る。かなりの年季が入った建物ではあるが、建物正面に、ちょっぴり誇らしげに掲げられた「コーダ荘」の文字が妙にモダンを感じさせる。

ジャックは、もともとアイリッシュ音楽グループ「<a href="http://www.hardtofind.jp/">Hard to Find</a>」のハンマーダルシマー奏者、<a href="http://blog.livedoor.jp/dulciman/">小松崎健</a>さんが造ったお店である。その健さんが音楽家としての仕事が忙しくなり、店を畳もうと考えていた時、音楽仲間の後輩である高倉さんが引き継ぐことを決心した。

高倉さんのその時の心境は「自分の居場所が無くなってしまう」だったそうだ。そして、健さんからスープカレーの仕込みを習い、1998年、二代目店主となったのである。

<a href="/panoramas/images/p20100813_jk0_img4l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="高倉雄造"><img src="/panoramas/images/p20100813_jk0_img4s.jpg" class="box1fl" alt="高倉雄造" /></a>私自身、良い客とは言えず、あまり足を運ばないのであるが、たまにライブを聴きに行くと、この狭い空間にこんなに入っちゃうのか？と言うほど人口密度が高くなる。

そして演奏が進むにつれ室内の熱気も上昇し、真冬と言えどもアツイのである。そんな中、ふっと高倉さんを見ると、寡黙にというか、淡々とお仕事をしている。そのギャップがとても微笑ましく、この店のイイ味となっている、と思うのである。

そんな高倉さんの生真面目さは、彼の奏でる音楽にも表れているように思える。そう言えば、コーダ荘の最後の片付けを終え、シンミリしたと彼のブログに書き込まれていたが、それを読み、高倉さんの表情が直ぐに浮かんできたのも、そんな彼の人間性からかもしれない。

<a href="/panoramas/images/p20100813_jk0_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="ボタンアコーディオン"><img src="/panoramas/images/p20100813_jk0_img1s.jpg" class="box1fl" alt="ボタンアコーディオン" /></a>私が東京から札幌に引っ越してもうすぐ5年が経つ。札幌に来て良かった点、それは音楽環境だと思う。もちろん、東京には人気の音楽が溢れている。しかし、その音楽を聴く場は、大きな会場のある中央になってしまう。私の住んでいた西の外れの小さな街周辺で、気軽に音楽を楽しめる場所は、ほぼ無かったように思う。私みたいに、エレキギターならアンプからのダイレクトな音と風圧？を感じたい、と言う人間にとって、小さな会場で、気軽に音楽を楽しめる環境は、嬉しい限りだ。

そう言えば、
何かの記事で読んだのだが、ドラマーの林立夫氏が、札幌には音楽が熱かった70年代の雰囲気？がある、というようなことを、どこかで書かれていたと思う、確か。なにか海峡を挟み違った音楽文化が、札幌、北海道には根付いているように感じる。その中で、ここジャック・イン・ザ・ボックス、そして、小松崎健さんの「Hard To Find」を中心とした音楽コミュニティがキラリっとシブイ光を放っているのである。ちなみに、小松崎健さんと高倉雄造さんのユニット名は、高倉健。オヤジ魂も忘れていない。

【新 Jack in the Box】
住所：札幌市北区北11条西1丁目23-1
電話：011-736-7736
営業時間：11時〜15時（ランチ）、17時〜21時30分
木曜日の夜は、音楽ライブをしています。
月末の木曜日は、定休日です。
<a href="http://plaza.rakuten.co.jp/bosca/">ホームページ</a>]]>
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    <title>ツール・ド・北海道2010</title>
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    <published>2010-10-01T13:26:00Z</published>
    <updated>2010-10-02T09:13:25Z</updated>
    
    <summary>2010年9月20日（月）、ツール・ド・北海道2010の最終ステージ（第4ステージ）、モエレ沼公園でのクリテリウム競技の模様である。今年のステージは道南を中心としたコースで、函館競輪場でのタイムトライアルを皮切りに5日間、全行程636kmで競われ</summary>
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        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('pano-full.php?id=p20100920_th1')"><img class="box1" alt="Open Panorama" title="Open Panorama" src="/images/p20100920_th1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(145)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
↑スタート直後［click to open panorama］

2010年9月20日（月）、ツール・ド・北海道2010の最終ステージ（第4ステージ）、モエレ沼公園でのクリテリウム競技の模様である。今年のステージは道南を中心としたコースで、函館競輪場でのタイムトライアルを皮切りに5日間、全行程636kmで競われた。]]>
        <![CDATA[↓TEAM NIPPO
<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('pano-full.php?id=p20100920_th4')"><img src="/panoramas/images/p20100920_th4_img1s.jpg" class="box1fl" alt="click to open panorama" /></a> 個人的にも今年の興味は、やはり宮澤崇史の3連覇である。昨年のチーム、エキップアサダが一時活動停止と言うこともあり、今年はTEAM NIPPOに移籍しての出場。6月に行われた全日本選手権ロードレース2010にも優勝し今年も好調だ。

自転車若葉マークの自分が語るのもなんなのだが、彼の魅力は、その明るいキャラとガッツ溢れる走りだ。話を聞いていても、とてもサービス精神が旺盛？で、ひょうきんな仕草を見せてくれるのだが、その目をよーく見ていると、時折、燃えているのである、まるで星飛雄馬のように...。

ここ数年、チームの財政事情等の外的要因で苦戦を強いられる面があったようだ。しかし、そのハードルも笑い飛ばして突き進むパワーを感じるのである、彼には。その強さは、母への生体肝移植と言う大きなハードルを乗り越えて来た自信なのだろう、きっと。

↓ブリジストン・アンカー
<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('pano-full.php?id=p20100920_th3')"><img src="/panoramas/images/p20100920_th3_img1s.jpg" class="box1fl" alt="click to open panorama" /></a>さて、肝心のレースだが、宮澤崇史は、残念ながら総合3連覇を逃した。個人では総合ポイント賞2位、チームは総合時間賞2位である。来年は、グリーンジャージカムバックだ、ぜひ。

今年の個人総合優勝は、昨年、宮澤崇史のチームメイト（エキップアサダ）だった清水都貴（ブリヂストン・アンカー）である。インタビューでは「宮澤さんの2連覇を抜き3連覇を目指します」と。共に来年の優勝、そしてモエレ沼公園のテトラマウンドを飛び越え、凱旋門を目指してほしいものである。

【関連情報】
宮澤崇史ブログ：<a href="http://ameblo.jp/miyazawatakashi/">BRAVO</a>
<a href="http://takashi.geo.jp/">宮澤崇史オフィシャルサイト</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/宮澤崇史">宮澤崇史</a>
Youtube：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=tugf0Ktteog">全日本選手権ロードレース2010 宮澤崇史インタビュー</a>
asahi.com：<a href="http://www2.asahi.com/olympic2008/news/TKY200808100111.html">母を助け僕は走る　肝臓提供超え　自転車・宮沢</a> （2008/8/10）
<a href="http://www.tour-de-hokkaido.or.jp/">ツールド北海道 TOUR DE HOKKAID</a>

【サイト内関連情報】
panoramas：<a href="/panoramas/2009/09/tour-de-hokkaido.html">ツール・ド・北海道2009</
panoramas：<a href="/panoramas/2008/10/tour-de-hokkaido.html">ツール・ド・北海道2008</a>
panoramas：<a href="/panoramas/2007/09/tour-de-hokkaido.html">2007 ツール・ド・北海道国際大会</a>
panoramas：<a href="/panoramas/2006/09/tour-de-hokkaido.html">2006 ツール・ド・北海道国際大会</a>
<a href="/moere/"モエレ沼公園インデックス></a>]]>
    </content>
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    <title>「兄弟」- 朱文別の夕焼けと鰊番屋</title>
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    <published>2010-07-14T13:03:42Z</published>
    <updated>2010-07-23T02:37:34Z</updated>
    
    <summary>パノラマで小説の舞台を辿る、パノラマ聖地巡礼。第二回目は、なかにし礼の小説「兄弟」の第二章 小樽に登場する増毛町朱文別の夕焼けである。</summary>
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        <name>keiji</name>
        
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            <category term="town" />
    
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        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20100626_by1')"><img class="box1" alt="Flash Panorama" title="Flash Panorama" src="/images/p20100626_by1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(144)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
「兄弟」- 増毛町朱文別の夕焼け↑[Flash Panorama]

パノラマで小説の舞台を辿る、パノラマ聖地巡礼。第二回目は、なかにし礼の小説「兄弟」の第二章 小樽に登場する増毛町朱文別の夕焼けである。]]>
        <![CDATA[<a href="/panoramas/images/p20100626_by0_img2l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="増毛駅"><img src="/panoramas/images/p20100626_by0_img2s.jpg" class="box1fl" alt="増毛駅" /></a>澧三少年の兄 政之は、両親の家を担保に増毛の鰊網の権利を三日間買い、見事大漁の網を曳く。しかし、その喜びも束の間、さらに儲けようと、その鰊を本州へ運ぶことにするが、チャーター船が時化に遭い鰊を失うことに。そこからは、上り詰めたジェットコースターが幾つもの山を加速をつけて滑り降りるように、家族の運命は転がっていく。

小説の中のこのシーンは最も印象的で、強烈に心に残る部分だった。朱文別の浜は、この小説の原点とでも言うべき場所だと思う。

なかにし礼著 小説「兄弟」第二章 小樽より引用

--「澧三よく見ろ！これが鰊雲リの夕焼けだ。
-- 世界でたった一か所、石狩の海でしか見られないものだ」

中略

-- 日本海に太陽が沈みはじめた時、
-- 空は濃い桃色になって激しく燃えた。
-- 未だかつて見たことのない色だった。
-- 見る見る太陽が箸別の岬の端に姿を隠して
-- 四、五分もすると気温が急激に冷えこんできた。
-- すると空の色もにわかに変わり出した。
-- 自然界にこんな色があったのだろうか。
-- 魔術のように、空も海も淡い桃色になった。
-- 見ていると体が浮き上がった。

中略

--「鰊雲リの空は、泣きだす前の女の目だっていっただろう。
-- その女が泣きだしたのさ。さめざめと泣いてるんだ。
-- 慈母観音のように泣いてるんだ。優しくな。
-- この夕焼けに抱かれて死んでもいい。天国だ！」

<a href="/panoramas/images/p20100626_by0_img3l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="旧白鳥家番屋"><img src="/panoramas/images/p20100626_by0_img3s.jpg" class="box1fl" alt="旧白鳥家番屋" /></a>六月の夏至に近い週末、この夕焼けを見ようと増毛に向かった。札幌から増毛まで車で約2時間半、夕焼けまでには十分時間があるので、途中、オロロンライン（国道231号）沿いに残る鰊番屋を訪ねることにした。

と言うのも、前もってネットで調べたのだが、朱文別の浜には、小説に登場する鰊番屋は既に無くなっている。その雰囲気を、他の番屋を通して少しでも感じることが出来ればと思ったからだ。<div class="clear_left"></div>

↓旧白鳥家番屋内部のパノラマ
<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20100626_by2')"><img src="/panoramas/images/p20100626_by0_img4s.jpg" class="box1fl" alt="旧白鳥家番屋内部" /></a>石狩湾周辺では、明治〜昭和初期にかけて鰊漁で財を成した網元が鰊御殿や鰊番屋を建てた。鰊漁のシーズンには、ヤン衆と呼ばれる労働者が東北地方から集まり、この番屋で生活した。しかし昭和30年（1955年）を境に、その鰊はぱったりと途絶えたのである。そして、その役割を終えた鰊番屋は徐々に姿を消していった。

ここ（写真左上）石狩市浜益区浜益にある旧白鳥家番屋は、明治32年に建てられたもので、現在は石狩市のはまます郷土資料館として保存、一般公開されている。内部には、漁具や加工用の道具類が展示されている。当時は冷凍保存が出来なかったため、獲られた鰊は、身欠鰊などの乾物となる以外は、大釜で煮込み、絞られ、油と魚粕になる。その油は石けんの原料に、魚粕は乾燥され肥料となり本州に運ばれた。

↓石狩市浜益区幌番屋のパノラマ
<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20100626_by4')"><img src="/panoramas/images/p20100626_by0_img5s.jpg" class="box1fl" alt="石狩市浜益区幌の番屋" /></a>はまます郷土資料館の石橋さん曰く、当時、鰊の加工作業はもっぱら女性や子供の仕事で、男たちは漁で忙しかった。鰊はいつ来るか分らず、漁師たちは、時化や特別な時以外は酒も飲まなかったそうだ。

ここ浜益地区には、他にも鰊番屋（写真左）が残っていた。残念ながらあまり状態は良く無いが、以前の姿を想像させる存在感のある建物であった。

日もかなり傾いて来たこともあり、オロロンラインをさらに北上し増毛に向かうことに。厚田から雄冬岬を経由して増毛までの道程は、海岸線まで迫る山と日本海に挟まれた道が続き運転していてとても爽快だが、トンネルの数はとにかく多い。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/雄冬岬">ウィキぺディア</a>によると、1981年にトンネルが開通するまで、この地域（雄冬岬）は北海道を代表する秘境の一つで、陸の孤島と呼ばれていたそうだ。そう言えば、以前観た映画「駅 STATION」の高倉健演じる主人公 英次が故郷の雄冬に帰る時、連絡船だったと思う、確か。

<a href="/panoramas/images/p20100626_by0_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="増毛町朱文別の夕焼け"><img src="/panoramas/images/p20100626_by0_img1s.jpg" class="box1fl" alt="増毛町朱文別の夕焼け" /></a>朱文別は、増毛駅から約5キロほど北上した地点にある。現地に到着したのは午後6時前。この時期の日没は午後7時過ぎなので、夕焼けまでまだ一時間程度はあるはずだ。早速、小説を頼りに、その舞台となった浜を探索することにした。

運良く浜辺の家の庭先に座っているお婆さんを見つけ話を聞くことにした。お婆さんは、鰊が獲れたころのことを教えてくれた。昔に比べ、浜は波の浸食で削られ後退し、もちろん鰊番屋跡も無い。陸側の景色は様変わりしたそうだ。しかし、一方の海側を見ると、左手には箸別の岬と暑寒別岳。右手には舎熊の岬。そしてそこに沈む夕日は相変わらず美しいようだ。

お婆さんに、夕日を撮りにきたことを話すと、家の裏の浜に沈む夕日は奇麗だから見て行きなさいと招き入れてくれた。確かに、お婆さんの家の裏で観る夕焼けは格別であった。日没後数分経つと、一気に空が桃色に染まり、空と海とが燃えるようであった。打ち寄せる波の音、そして汐のかおり。暫し浜辺にしゃがみ込み、その景色を体で感じた。

お婆さんは更に、以前、この浜になかにし礼氏が来ていたこと、そして息子さんが東京で料理人をやっていて、なかにしさんと知り合いであることも話してくれた。石狩挽歌はね、元は増毛挽歌だったそうだよ。増毛より石狩の方が聞こえがいいしね。

なかにし礼作詞 「石狩挽歌」より引用

-- あれからニシンはどこへ行ったやら
-- オタモイ岬のニシン御殿も
-- 今じゃさびれてオンボロロ オンボロボロロ
-- かわらぬものは古代文字
-- わたしゃ涙で娘ざかりの夢を見る

これは帰宅後調べて分ったことだが、詩の中に登場する「オタモイ」であるが「海岸」として小樽に実在するが「岬」では実在していなかった。確かに、なかにし礼氏のこの歌は、ここ朱文別の浜がモデルと考えた方が自然かもしれない。

夕焼けを撮り終え、先に家に帰られたお婆さんにお礼を言おうと家をノックしたが、すでに休まれたのか反応がなかった。なので、カードにお礼を書いてポストに入れて失礼した。三國さんのお母さん、どうも有り難うございました。

<iframe width="390" height="300" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&amp;ie=UTF8&amp;brcurrent=3,0x5f0b784863399fef:0x1fa0aa6aa67423aa,0&amp;msa=0&amp;msid=117278367755883365464.00048b3b48965819f6bdd&amp;ll=43.55651,141.410522&amp;spn=1.194259,2.136841&amp;z=8&amp;output=embed"></iframe><br /><small>より大きな地図で <a href="http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&amp;ie=UTF8&amp;brcurrent=3,0x5f0b784863399fef:0x1fa0aa6aa67423aa,0&amp;msa=0&amp;msid=117278367755883365464.00048b3b48965819f6bdd&amp;ll=43.55651,141.410522&amp;spn=1.194259,2.136841&amp;z=8&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">「兄弟」- 朱文別の夕焼けと鰊番屋</a> を表示</small>

余談であるが、
映画「駅 STATION」で、英次が雄冬に帰る時、時化で増毛の街に足止めを食った。その時訪ねた赤ちょうちんで流れていたのが「舟唄」だ。この「舟唄」、作詞はご存知阿久悠、そして作曲は石狩晩夏と同じ浜圭介である。昭和を代表する二つの演歌が、増毛と繋がっているのは、とても興味深い。

【関連情報】
<a href="http://nisin.hideohiguchi.com/">鰊番屋57棟――鰊漁の残像</a>
日本の佇まい：<a href="http://www.k4.dion.ne.jp/~r231/nishin/top.html">ニシン漁家建築</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/鰊御殿">鰊御殿</a>
Youtube：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=JtyO0KZ9RHI&feature=PlayList&p=4299BA3F02B596FE&playnext_from=PL&playnext=1&index=56">AKI YASHIRO - 石狩挽歌(1975)</a>
Youtube：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=H2GaKDtFfUg">八代亜紀 舟歌</a>

2010.07.23追記
小樽路地裏散歩：<a href="http://www6.plala.or.jp/AKAIWA/nishineigatoyume.html">ニシン漁の栄華と夢</a>

【サイト内関連情報】
panoramas：<a href="">「兄弟」- 小樽市豊川町</a>

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    </content>
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    <title>「兄弟」- 小樽市豊川町</title>
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    <published>2010-06-14T02:40:12Z</published>
    <updated>2010-06-14T02:43:33Z</updated>
    
    <summary>パノラマで小説の舞台を辿る、パノラマ聖地巡礼。第一回目は、なかにし礼の小説「兄弟」の第二章 小樽に登場する豊川町である。</summary>
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        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20100602_tk1')"><img class="box1" alt="Flash Panorama" title="Flash Panorama" src="/images/p20100602_tk1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(143)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
「兄弟」- 小樽市豊川町↑[Flash Panorama]

パノラマで小説の舞台を辿る、パノラマ聖地巡礼。第一回目は、なかにし礼の小説「兄弟」の第二章 小樽に登場する豊川町である。]]>
        <![CDATA[話は遡る...
先日、以前から気になっていた鈴木龍一郎氏の写真集「RyUlysses（リュリシーズ）」を見た、いや、正確には立ち観だ。アイルランドの作家ジョイスの「ユリシーズ」をモチーフにしたパノラマ写真集である。正直、ジョイスは読んだことが無い。しかし、その写真から、なにか北海道、日本海の風景にも通じるものを感じ、とても惹きつけられた。小説のイメージをパノラマで拡張するのか？スバラシイ。早速、ミーハーな私は、パノラマで小説の舞台を辿る旅を画策したのである、かなりの単細胞だ。

<a href="/panoramas/images/p20100602_tk0_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="小樽市豊川町"><img src="/panoramas/images/p20100602_tk0_img1s.jpg" class="box1fl" alt="小樽市豊川町" /></a>選んだ小説は、石狩湾を舞台とした、なかにし礼の自伝小説「兄弟」である。石狩平野の上で暮らしていると、風や雲からいつも日本海、石狩湾を感じる、そんな理由からだ。

内容は、なかにし礼氏と、博打好きの兄との壮絶な話。最後に「兄貴、死んでくれて本当に、本当にありがとう」と叫ぶところで小説は終わるのである。

第二章 小樽は、戦後、主人公が中国から両親の故郷、小樽の豊川町に引き上げて来た時の話である。第一章は、プロローグ的な要素なだけに、第二章に登場する豊川町は、いわば物語の始まりのシーンである。

なかにし礼著 小説「兄弟」第二章 小樽より引用

-- 坂の多い小樽の街の、
-- 豊川町はそのかなり高いところにあって、
-- 海に向かえば街を見下ろす形になる。
-- 放射線を描く家並みと道路の中心点に
-- 小樽港がわずかに見える。

中略

-- 男は、豊川町八間通りの、
-- 真ん中を一間幅の川が流れる広い坂道を、
-- ピカピカ光る茶色の革靴で、
-- 滑る足を楽しむかのようによろけながら上がってきた。

この豊川町のイメージを頭に描きながら、地図を片手に琴似発 快速エアポートで小樽に向け出発。小樽までは約30分、車窓には石狩湾、そして日本海が広がる。頭の中は、豊川町から小説の山場？ニシンの群来のシーンへと進む。

<a href="/panoramas/images/p20100602_tk0_img2l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="八間通りと思われる道路、現在は通称 桜陽通り"><img src="/panoramas/images/p20100602_tk0_img2s.jpg" class="box1fl" alt="八間通りと思われる道路、現在は通称 桜陽通り" /></a>小樽駅に到着すると、早速、駅の観光案内所で、豊川町の八間通りの場所を聞く。担当の方が方々電話で問い合わせてくれたが残念ながら不明とのこと。まあ大体目ぼしはついていたので、お礼をいって現地に向かうことにした。

ところが、現地にてお年寄りを中心に話を聞くが、人によっては、あっちの道だ、いや、この道だなど、これがなかなかハッキリしない。確かに、戦後まもない頃の話だから半世紀以上むかしのこと。ただ、真ん中を川が流れていたということより判断すると、やはり、想定した道、桜陽高校に続く通称 桜陽通り（写真左）のようだ。（もし、おわかりの方がいらっしゃったらご指摘ください。）

写真では分りにくいが、この道は、小高い山と山の間の谷間に位置し、いかにも川が流れていたような場所である。この道を兄は、滑るように上がったのだろうか？しかし、川も足下に潜り、街並も変わったのだろう、小説からイメージした風景とはいささか違ったのである。

であればと今度は、引用の前段をもとに、自分の想像した坂道を探し、あたりを彷徨った。そして辿り着いたのが、パノラマの地点だ。地図で見ると道路は放射状になっているし、坂の上からは小樽港がわずかに見える。回りの建物の枯れた感じも、自分のイメージした映像にピッタリだ。ここが、私の想像した、小説の中の豊川町である。

<iframe width="390" height="390" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&amp;ie=UTF8&amp;brcurrent=3,0x5f0ae1b96d60ea03:0x6db2bd9626f69bb9,1&amp;msa=0&amp;msid=117278367755883365464.000488bb356c2ba847063&amp;ll=43.210603,140.992463&amp;spn=0.006099,0.00839&amp;z=16&amp;output=embed"></iframe><br /><small>より大きな地図で <a href="http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&amp;ie=UTF8&amp;brcurrent=3,0x5f0ae1b96d60ea03:0x6db2bd9626f69bb9,1&amp;msa=0&amp;msid=117278367755883365464.000488bb356c2ba847063&amp;ll=43.210603,140.992463&amp;spn=0.006099,0.00839&amp;z=16&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">「兄弟」- 小樽市豊川町</a> を表示</small>

【関連情報】
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/なかにし礼">なかにし礼</a>

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    </content>
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    <title>霧笛 - 日和山灯台</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.panorama-journey.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=683" title="霧笛 - 日和山灯台" />
    <id>tag:www.panorama-journey.com,2010:/panoramas//1.683</id>
    
    <published>2010-04-11T15:48:10Z</published>
    <updated>2010-04-11T15:48:35Z</updated>
    
    <summary>小樽港や石狩湾を一望出来る高台、高島岬に建つ日和山灯台の最後の霧笛である。この日（2010年3月31日）、全国に残っていた5ヶ所の霧信号所（霧笛）が廃止された。「ブォーン、ブォーン」と言うあの独特な響きは、今後聞くことが出来無いのである。</summary>
    <author>
        <name>keiji</name>
        
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            <category term="facilities" />
            <category term="town" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.panorama-journey.com/panoramas/">
        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20100331_hy1')"><img class="box1" alt="Flash Panorama" title="Flash Panorama" src="/images/p20100331_hy1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(142)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
霧笛 - 日和山灯台↑[Flash Panorama 全4映像]

小樽港や石狩湾を一望出来る高台、高島岬に建つ日和山灯台の最後の霧笛である。この日（2010年3月31日）、全国に残っていた5ヶ所の霧信号所（霧笛）が廃止された。「ブォーン、ブォーン」と言うあの独特な響きは、今後聞くことが出来無いのである。]]>
        <![CDATA[霧笛は、霧や雪等で視界が悪く、灯台の光が船舶に届かない時に鳴る音波標識で、ここ日和山灯台では、1911年（明治44年）に併設された。当初は、圧搾空気を用いたエアーサイレン方式〜ダイヤホーン方式、さらに電磁石を用い金属板を振動させ音を出すダイヤフラムホーン方式へと変わった（小樽海上保安部配布資料参照）。

<a href="/panoramas/images/p20100331_hy0_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="小樽海上保安部 石川武市次長、バックはダイヤフラムホーン方式の霧信号機"><img src="/panoramas/images/p20100331_hy0_img1s.jpg" class="box1fl" alt="小樽海上保安部 石川武市次長、バックはダイヤフラムホーン方式の霧信号機" /></a>近年、日本ではダイヤフラムホーン方式が主流で、エアサイレン方式は唯一、犬吠埼灯台のみであったが、その犬吠埼灯台のエアサイレンも2008年3月に廃止となっている。巨大な蓄音機のスピーカー？のような犬吠埼灯台のエアサイレンに比べ、ここ日和山灯台のダイヤフラムホーンは、巨大な縦長ステレオスピーカーと言った感じだ。その姿より、アナログ装置を象徴？するかのような霧笛も、レーダーやGPS等のハイテク装置の普及によりお役御免となった。

小樽海上保安部 石川武市さん（写真左上）曰く「正直、最後まで管理運用出来てホットしている。無い部品を探して直し、ようやくここまで来たと言う感じです」と。さらに、霧笛にまつわるエピソードを伺った。「初任当時、霧信号機を鳴らす時、重りの力を利用して30秒間隔（5秒発音＋25秒無音）で鳴らしていましたが、30分程で重りが降りてしまうため、一旦霧がかかれば晴れるまで、夜中でも寝る暇が有りませんでした」と当時を振り返って話してくださった。

<a href="/panoramas/images/p20100331_hy0_img3l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="初代 日和山灯台"><img src="/panoramas/images/p20100331_hy0_img3s.jpg" class="box1fl" alt="初代 日和山灯台" /></a>この霧笛が消える話を聞いた時、ちょっぴり切ない思いがした。犬の遠吠えでは無いが、そのちょっと悲しげな響きから来るのだろうか？自宅に帰ってきてから、その理由を考えてみた。暫し悩んだ末、こんなことを想像した。もしも、この先数十年経った後に、現在のGPS装置が他の技術に置き換わったとしたら、霧笛と同様寂しい感情が起こるのだろうか？む、、、それはちょっと想像しづらい。考えてみると、当たり前のことであるが、霧笛は人間が直接聞くことの出来る音である一方、衛星からのGPS信号はハイテク装置の手助けが無ければ理解することが出来ない。その辺りが関係しているのか？

そう言えば、灯台内部に入った時、壁に掛けられている初代の日和山灯台の写真（左上）を見て、「喜びも悲しみも幾歳月」を思い出した。厳しい環境下で海の安全を守る灯台守の生活を描いた映画で、この日和山灯台も舞台となった。今では自動化され無人となった灯台も、かつては人力で動いていた。そう考えると霧笛は、灯台守たちの叫び声であったようにも思えてくる。霧笛に哀愁のようなものを感じるのは、そんな理由だったのかもしれない。

その最後の霧笛は、<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20100331_hy2')">コチラ</a>のパノラマ映像内右下の「SOUND」ボタンで聞くことが出来る。

↓小樽駅から日和山灯台までの経路
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<a href="/panoramas/images/p20100331_hy0_img4l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="霧笛荘夜話 on iPad"><img src="/panoramas/images/p20100331_hy0_img4s.jpg" class="box1fl" alt="霧笛荘夜話 on iPad" /></a>余談ではあるが、「霧笛」が呼び起こす感情について、もう少し知りたくなり、なにかヒントになる小説でも無いか探してみた。そして、読んだのが「霧笛荘夜話」。前回登場した「鉄道員」と同じ浅田次郎の短編小説集である。折角なので今話題のiPad上で読んでみた。がしかし、ペーパークラフト上ではやはり読みにくく、あっさりと諦めることに、当たり前か、、、

小説は、港町の古いアパート「霧笛荘」の住人たちの物語である。物語は、各住人が主役の短編小説として完結しているが、住人同士が隣人として物語に関わっていて、それぞれの物語に登場してくる。物語によって、同一人物が主役、脇役と変化する。それによって、人物の見え方がコロッと変わってしまうところがとても新鮮で面白かった。短編小説集ではあるが、全体に大きな流れを持った短編集で、巻末の解説には「連作短編集」と書かれていた。読み終わって、ジンワリとココロに沁みる小説であった。

読み終えた後、再度「霧笛」について考えてみた。霧笛荘の住人は、それぞれが人生の進路に迷い、まるで霧の中を彷徨いながら現世の境目のようなこの場所にたどり着いた。そんな彼らにとって霧笛は、なにかぼんやりとではあるが、この世につなぎ止めておく最後の命綱のようにも感じられた。嵐の中で霧笛の方角を聞き間違えれば、さらに深みに迷い込むだろうし、耳を澄まし、正確な方角を理解出来れば、迷路から抜け出すことも出来るだろう。霧笛のその切ない響きの底には、何か人のココロをつなぎ止める、そんな波動が含まれているのかもしれない、きっと...。

【関連情報】
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/霧信号所">霧信号所</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/日和山灯台">日和山灯台</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/犬吠埼灯台">犬吠埼灯台</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/喜びも悲しみも幾歳月">喜びも悲しみも幾歳月</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/霧笛荘夜話">霧笛荘夜話</a>
Youtube：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=6u-L-3x8vuU">小樽 最後の「霧笛」に別れ</a>
Youtube：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=f5fNox4DMYg">航海安全の役目に幕　日和山霧信号所</a>
Youtube：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=zN5sAX5tiME">ちあきなおみ / 霧笛</a>

【サイト内関連情報】
panoramas：<a href="/panoramas/2007/04/hiyoriyama_todai.html">日和山灯台</a>

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    <title>幾寅駅 - 鉄道員（ぽっぽや）ロケ地</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.panorama-journey.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=678" title="幾寅駅 - 鉄道員（ぽっぽや）ロケ地" />
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    <published>2010-03-13T04:56:08Z</published>
    <updated>2010-03-14T08:00:38Z</updated>
    
    <summary>浅田次郎原作、高倉健主演の映画「鉄道員（ぽっぽや）」のロケ地、幾寅駅である。映画は、冬の幌舞駅（幾寅駅）を舞台に、まもなく定年となる駅長、佐藤乙松（高倉健）の物語。高倉健、大竹しのぶの存在感はもちろんであるが、広末涼子の初々しさが印象的である。</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.panorama-journey.com/panoramas/">
        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20100227_ik1')"><img class="box1" alt="Flash Panorama" title="Flash Panorama" src="/images/p20100227_ik1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(141)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
幾寅駅 - 鉄道員（ぽっぽや）ロケ地↑[Flash Panorama 全4映像]

浅田次郎原作、高倉健主演の映画「鉄道員（ぽっぽや）」のロケ地、幾寅駅である。映画は、冬の幌舞駅（幾寅駅）を舞台に、まもなく定年となる駅長、佐藤乙松（高倉健）の物語。高倉健、大竹しのぶの存在感はもちろんであるが、広末涼子の初々しさが印象的である。]]>
        <![CDATA[<a href="/panoramas/images/p20100227_ik0_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="鉄道員（小説）"><img src="/panoramas/images/p20100227_ik0_img1s.jpg" class="box1fl" alt="鉄道員（小説）" /></a>幾寅駅は、JR北海道根室本線の駅で、北海道の中央に近い南富良野町にある。いくら、なんちゃっ鉄な私でも、ぽっぽやの聖地巡礼には、やはり鉄道であろう。丁度、道央圏1日フリーきっぷ（土日祝）というのが有るではないか、しかも2,200円也と、何かとお寒い？この時期にありがたきかな。

札幌から幾寅駅までは、函館本線〜千歳線〜石勝線〜新得駅経由〜根室本線（上り）、函館本線〜滝川駅経由〜根室本線（下り）の二つのルートが有るが、フリーきっぷに急ぎは禁物、札幌6：58分発滝川行きに乗る事に。

滝川までは、1時間40分弱の道程である。札幌駅を出て直ぐは駅間にも家並みが見られたが、暫くすると、だだっぴろい雪原をまっしぐら状態となり、その所々では、風で雪が舞い上がり、真冬の北海道を実感である。車外の状況とはうらはらに、車内はかなりのポカポカで身体はユルユル。朝が苦手な自分は、車両の心地よいガタゴト振動も相まって、うとうとしていると、あっという間に滝川である。

↓札幌から幾寅駅までの経路
<iframe class="box1" width="390" height="293" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?f=d&amp;source=s_d&amp;saddr=%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E9%A7%85%EF%BC%88%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%EF%BC%89&amp;daddr=%E5%B9%BE%E5%AF%85%E9%A7%85%EF%BC%88%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%EF%BC%89&amp;geocode=FdEskQIdkddsCCmDm2vTdCkLXzFt1LdQljzxZw%3BFeaXkgId3m9_CCnFOqDAWVxzXzHTlAW-hKN46A&amp;hl=ja&amp;mra=ls&amp;date=10%2F03%2F09&amp;time=6:00&amp;ttype=dep&amp;noexp=1&amp;noal=0&amp;sort=time&amp;sll=43.31019,141.959839&amp;sspn=0.788422,1.234589&amp;brcurrent=3,0x5f9f59209f6c888b:0x1c3cc3564fce038f,0&amp;ie=UTF8&amp;start=1&amp;ll=43.317185,142.053223&amp;spn=1.170976,2.136841&amp;z=8&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?f=d&amp;source=embed&amp;saddr=%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E9%A7%85%EF%BC%88%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%EF%BC%89&amp;daddr=%E5%B9%BE%E5%AF%85%E9%A7%85%EF%BC%88%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%EF%BC%89&amp;geocode=FdEskQIdkddsCCmDm2vTdCkLXzFt1LdQljzxZw%3BFeaXkgId3m9_CCnFOqDAWVxzXzHTlAW-hKN46A&amp;hl=ja&amp;mra=ls&amp;date=10%2F03%2F09&amp;time=6:00&amp;ttype=dep&amp;noexp=1&amp;noal=0&amp;sort=time&amp;sll=43.31019,141.959839&amp;sspn=0.788422,1.234589&amp;brcurrent=3,0x5f9f59209f6c888b:0x1c3cc3564fce038f,0&amp;ie=UTF8&amp;start=1&amp;ll=43.317185,142.053223&amp;spn=1.170976,2.136841&amp;z=8" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small>

<a href="/panoramas/images/p20100227_ik0_img2l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="キハ40 1776"><img src="/panoramas/images/p20100227_ik0_img2s.jpg" class="box1fl" alt="キハ40 1776" /></a>滝川では、約1時間の待ち合わせがあるので食料調達でもと、駅の周辺をぷらっと。駅に帰るとホームには既に根室本線・釧路行きのキハ40がスタンバイ状態、中ではおばちゃんたちの楽しそうな話し声が響いていた。

このロケ地巡礼の前、映画を改めて観直したのだが、折角なので道すがら、もとい、この場合は鉄すがらか？原作も読んでみる事にした。恥ずかしながら読書が苦手な私は、映画の原作を読むのは初めてである。浅田次郎の「鉄道員」は1997年に刊行された短編小説集。短編で、おまけに直木賞受賞作品と言うだけあって、おもしろくてアッという間に読み終えた。

そう言えば、その昔「読んでから見るか？見てから読むか？」なんてコピーがあった。今回は、見てから読んだ訳だが、読んでいる時には、映画のシーンが頭の中を駆け巡っていた。きっと、会話の内容を含め、映画がかなり原作に近いためだろう（ただし、一部追加された脚本部分あり）。出演者が個性的な役者ぞろいということもあったかもしれない。小説を読んでいて、会話部分になると急に役者たちが耳で囁く感覚であった。

<a href="/panoramas/images/p20100227_ik0_img3l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="根室本線山部駅"><img src="/panoramas/images/p20100227_ik0_img3s.jpg" class="box1fl" alt="根室本線山部駅" /></a>途中、富良野駅を過ぎると、盛んに盛り上がっていたおばちゃんたちを含め多くの乗客が下車し、しーんとなった車内には列車の音が響くのみであった。車窓には、山脈に囲まれた雄大な景色が広がり、列車は、その山々に分け入っていく感覚だ。

目的地近くのトンネル付近では、鹿の群れを見る事が出来た。帰宅後分った事だが、幾寅の名前の由来は、多くの北海道の地名同様アイヌ語にあり「ユク・トラシ」とのこと。ユクは鹿、「ユク・トラシ」で「鹿ののぼるところ」らしい。

↓富良野駅発車時におけるキハ40形の車内音
<object type="application/x-shockwave-flash" data="/fpp/files/dewplayer.swf?mp3=/fpp/data/p20100227_ik0.mp3&amp;showtime=1&amp;bgcolor=FFFFFF" width="390" height="20"><param name="wmode" value="transparent" /><param name="movie" value="/fpp/files/dewplayer.swf?mp3=/fpp/data/p20100227_ik0.mp3&amp;showtime=1" /></object>

ほどなくして目的地「幾寅駅」に到着、札幌から約5時間のプチ旅行であった。一緒に降りた数名の乗客とともに映画のシーンに登場したホームの階段を下り駅舎に向かう。ところが、他の人々は駅舎の横をすり抜けて行ってしまった。きっと地元の人たちなのだろう、もちろんワンマン運転のため改札も不要で駅舎を通る意味も無い訳だ。よく見ると、駅舎の看板も「幌舞駅」となっているし、、、

<a href="/panoramas/images/p20100227_ik0_img4l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="鉄道員ロケ地セット - 平田理容店"><img src="/panoramas/images/p20100227_ik0_img4s.jpg" class="box1fl" alt="鉄道員ロケ地セット - 平田理容店" /></a>駅舎内は、想像していたよりサッパリとした雰囲気である。待合室の奥に映画の展示コーナーがあり、テレビモニターからは映画の一場面が繰り返し流されている。駅前広場に出ると、映画の舞台として使われた「だるま食堂」等のセットや撮影用に改造されたキハ40形764の一部が展示されている。

映画が撮影された1999年から既に10年以上経過しているためか、少々くたびれた感じがするのと、内部に入れないのがちょっと残念であった。まあ、運営側のコストを考えると、無人の展示施設にそれ以上求めるのは難しいのかもしれない。しかし一方で、駅のホームから見る山々は健在で、映画のシーンを思い起こさせてくれた。

映画では、内容的にも？夜のシーンが多かったので、夜の駅舎も体験してみようと粘ってみた。しかし、残念ながら、駅舎玄関の裸電球は点灯せず、少女も現れず？駅舎には、オヤジの影が映るのみであった。帰りの列車は、かなり快適で小説の続きがはかどった。後で調べてみるとキハ150形のようで、キハ40形より新型らしい。

蛇足だが、
この短編小説集「鉄道員」には、「鉄道員」の他、「ラブレター」「角筈にて」「うらぼんえ」等の短編がある。巻末の解説によると、この小説のファンには前述の四編それぞれを推す四派がいるそうだ。私自身、おもしろかったのは、それぞれ違った映像体験？をしたことだ。

先にも書いたが「鉄道員」では、頭の中に映画のシーンが写る。「角筈」では、舞台となった街が馴染みのある場所だったこともあり、具体的な通りや場所が頭の中に鮮明に甦った。ちなみに角筈とは、今の西新宿だそうだ、知らなかった。「ラブレター」「うらぼんえ」の舞台は、ほとんどが知らない場所で、頭の中には、自分自身が作り上げたであろう架空の街並が勝手に現れた。ただ、実際に近いイメージが呼び起こされるから面白いと言う訳ではなく、勝手に想像したイメージでも、頭の中で展開する映像はそれぞれおもしろかった。考えてみると、音楽でも映像が思い浮かぶ作品はとても印象的である。やはり、人の琴線の先には映像が繋がっているのかもしれない。

話はさらに脱線するが、
振り返って我身を考えてみた。バーチャル、、、なんて言っていても、ただ、受け取る側が分りやすいと思い込み、情報をテンコ盛り状態にすることがなんと多かったことか。それでは琴線に加重がかかり過ぎ、切れてしまっていたのかもしれない、、、きっと。伝える目的は違えども、受け取る側の想像を膨らませる力量が大切なんだと、今頃になって思うのである。

【関連情報】
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/鉄道員_(小説)">鉄道員（小説）</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/幾寅駅">幾寅駅</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/根室本線">根室本線</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/国鉄キハ40系気動車_(2代)">国鉄キハ40系気動車</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/JR北海道キハ150形気動車">JR北海道キハ150形気動車</a>
YouTube：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=EOr3e0xjgTg">鉄道員</a>

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    <title>だるま湯</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.panorama-journey.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=668" title="だるま湯" />
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    <published>2009-12-01T13:32:30Z</published>
    <updated>2009-12-01T13:38:10Z</updated>
    
    <summary>小樽の花園銀座商店街に在る老舗の銭湯だるま湯である。昭和初期の開業以来、この花園銀座商店街で営業を続けていたが、2009年10月31日で廃業となった。理由はやはり、内風呂の増加による利用客の減少、燃料費の高騰、そして施設の老朽化である。</summary>
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            <category term="facilities" />
            <category term="town" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.panorama-journey.com/panoramas/">
        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20091105_dy2')"><img class="box1" alt="Flash Panorama" title="Flash Panorama" src="/images/p20091105_dy1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(140)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
だるま湯↑[Flash Panorama 全7映像]

小樽の花園銀座商店街に在る老舗の銭湯だるま湯である。昭和初期の開業以来、この花園銀座商店街で営業を続けていたが、2009年10月31日で廃業となった。理由はやはり、内風呂の増加による利用客の減少、燃料費の高騰、そして施設の老朽化である。]]>
        <![CDATA[訪れたのは廃業後の11月4日。ネットの記事で廃業を知り、かなり出遅れ感が強かったが、駄目もとで代表の高村悦子さんに電話をしてみた。高村さんから「ぼちぼち片付けていますが、どうぞ」と快い返事を頂き、急ぎ出かけたのである。

<a href="/panoramas/images/p20091105_dy0_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="だるま湯"><img src="/panoramas/images/p20091105_dy0_img1s.jpg" class="box1fl" alt="だるま湯" /></a>小樽駅から1キロ程だろうか、アーケード街を南下し寿司屋通りを超えた先、花園銀座商店街の通りにだるま湯は在った。建物は三階建で、右に中華料理店、左に本屋がある。古い銭湯と言えば、どうも神社のような宮造り？に煙突のイメージがある自分には、まずはそのユニークな姿に驚きである。二階部分にある装飾を見ると、このビルが、だるま湯を中心としたテナントビルであることを強く感じさせる。

そして、暖簾をくぐり、中を拝見することに。まず目についたのは、天井の装飾や丸い柱。それなりにヒビや汚れが目立っているが、当時はきっとモダンな洋風建築だったに違いない。建物以外の部分、番台、下駄箱、籐の脱衣カゴ等は、自分が幼い頃に通った銭湯のイメージと同じだ。

さらに、浴室に進んでみると、壁面にペンキ絵やタイル絵等も無く、いたってシンプルであった。帰宅後、調べて分ったのだが、銭湯のペンキ絵は、東日本特有のものであり、西日本の銭湯は、浴室の中央に湯船があり、ペンキ絵は無いらしい。その意味からすると、このだるま湯、西日本スタイル？なのだろうか。

<a href="/panoramas/images/p20091105_dy0_img2l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="代表の高村悦子さん"><img src="/panoramas/images/p20091105_dy0_img2s.jpg" class="box1fl" alt="代表の高村悦子さん" /></a>一通り拝見した頃、男湯の脇の階段から、トントントンと音がし、代表の高村さんが二階の自宅から降りてこられた。早速、番台に座って頂きお話を伺った。高村さんが、だるま湯にこられたのが昭和32年。その頃から昭和40年代にかけてこのだるま湯は、多くのお客さんで賑わっていたそうだ。花園銀座商店街に在る飲食店の従業員も、出勤前に利用していたらしい。その当時の花園銀座は大変な盛況ぶりで、お客さんの払ったお金を箱に詰め込む状態だったそうだ。そのお客さんも年々減少し、最近では、夕方、常連のお客さんが帰った後は、がら〜んとした状態が続いていたとのこと。七年前にご主人が亡くなられてからも、従業員の方々となんとか頑張ってきたそうだが、利用客の減少、施設の老朽化、そして燃料の高騰を受けての決断だった。

高村さん、御年76歳となられるが、とても上品でやさしい方であった。常連のお客さんにとって、建物と高村さんが醸し出す空気は、ホッと、くつろぎを感じさせるものであったろう。このスペースの今後についてお伺いすると、いろいろ問い合せはあるようだがまだ未定らしい。そう言えば、吉祥寺では風呂ロックなんて企画も有ったようだ。この空気感を残しつつ、新たなスペースへ発展してくれればと思う。

だるま湯からの帰り、小樽発快速エアポートの中で自分の銭湯の記憶を辿ってみた。自分の銭湯の思い出は少年の頃の函館に有る。親父の転勤で引っ越した家に内風呂が無かったからだ。引っ越す前の埼玉の団地には、小さいながらも内風呂が有った。なので、引っ越して暫くは、銭湯の大きな湯船に、船や潜水艦の模型を持ち込み、楽しんでいたことを憶えている。

<a href="/panoramas/images/p20091105_dy0_img3l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="だるま湯 入浴者心得"><img src="/panoramas/images/p20091105_dy0_img3s.jpg" class="box1fl" alt="だるま湯 入浴者心得" /></a>銭湯には、知らない大人がいっぱいで、中には、ちょっとコワそうな...人もであった。当時、その地域の子供たちは、週に何度かは銭湯に出かけ、時にはおやじさんたちに説教をくらいながら育ったんだと思う。今考えてみると、銭湯って、どっぷりとその地域に根を張ったコミュニティなんだと思える。

地域に根ざした銭湯が廃れる一方で、携帯やインターネットを通じ地域に縛られないコミュニティが広がっている。善し悪しは別として、その違いの一つは、否応無くその空間を共有するのか、心地よい仲間と共有するのか、のようにも感じる。もちろん、はるか昔に遡れば、住む場所や職業すらも選択出来ない濃密なコミュニティもあった訳で、地域に縛られるコミュニティのみが正しいとは思わない。時代によって、コミュニティのあり方はどんどん変化し続けるのだろうし、そう有るべきだとも思う。ただ、どんな時代になろうとも、リアルな世界である家族や地域は存在し続ける訳だから、銭湯のような地域に根ざしたコミュニティは、やはり大切なんだと思う。

【関連情報】
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/銭湯">銭湯</a>
お風呂屋さん的京都案内：<a href="http://www004.upp.so-net.ne.jp/ofuroyasan-teki/kankoguide.html">銭湯観光ガイド</a>
PingMag：<a href="http://pingmag.jp/J/2007/06/28/public-bath-painter/">背景絵師の大きなペンキ絵</a>
Wired Vision：<a href="http://wiredvision.jp/archives/200601/2006011604.html">銭湯とウォシュレットにみる日本の「ソフトパワー」</a>
<a href="http://furorock.com/">風呂ロック</a>

【サイト内関連情報】
<a href="/panoramas/2006/01/kodakara.html">子宝湯</a>]]>
    </content>
</entry>
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    <title>南大夕張駅</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.panorama-journey.com/panoramas/2009/10/minami_o_yubari.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.panorama-journey.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=657" title="南大夕張駅" />
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    <published>2009-10-23T15:41:48Z</published>
    <updated>2009-11-18T15:42:24Z</updated>
    
    <summary>石狩川水系の夕張川の上流、シューパロ湖近くにある三菱石炭鉱業大夕張鉄道線の駅、南大夕張駅である。大夕張鉄道線の廃線に伴い、1987年（昭和62年）に廃止されたが、現在、駅のホームには当時のラッセル車や客車が残っており、三菱大夕張鉄道保存会の手によって保存、管理されている。</summary>
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            <category term="vehicle" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.panorama-journey.com/panoramas/">
        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20090919_my1')"><img class="box1" alt="Flash Panorama" title="Flash Panorama" src="/images/p20090919_my1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(139)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
南大夕張駅↑[Flash Panorama 全2映像]

石狩川水系の夕張川の上流、シューパロ湖近くにある三菱石炭鉱業大夕張鉄道線の駅、南大夕張駅である。大夕張鉄道線の廃線に伴い、1987年（昭和62年）に廃止されたが、現在、駅のホームには当時のラッセル車や客車が残っており、三菱大夕張鉄道保存会の手によって保存、管理されている。]]>
        <![CDATA[<a href="/panoramas/images/p20090919_my0_img2l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="南大夕張駅"><img src="/panoramas/images/p20090919_my0_img2s.jpg" class="box1fl" alt="南大夕張駅" /></a>以前、アイリッシュ系バンド<a href="/panoramas/2008/02/ezo_fes.html">HARD TO FIND</a>のメンバー、小松崎さんと星さんのユニット<a href="http://misaok.hp.infoseek.co.jp/RINKA/RINKA.html">RINKA</a>が、ここ南大夕張駅でのイベント「汽車フェスタ」で演奏した記事を見て以来、この廃駅が気になっていた。

当日は、栗山町にある<a href="/panoramas/2009/10/hinode_park.html">日出クラシックパーク</a>に寄った後だった為、現地に着いたころには既に日がかなり傾いていた。栗山方面からは、道道38号線を経由して国道452号線へと。国道452号線に入ると夕張川が見えてきた。この夕張川に沿うように大夕張鉄道が走っていたようだが、廃線後20年以上経っているためか、鉄道の面影はあまり残っていない。その意味では、この南大夕張駅が、当時の記憶を残す貴重な場所なのかもしれない。<div class="clear_left"></div>

<a href="/panoramas/images/p20090919_my0_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="三菱石炭鉱業大夕張鉄道スハニ1形式スハニ6"><img src="/panoramas/images/p20090919_my0_img1s.jpg" class="box1fl" alt="三菱石炭鉱業大夕張鉄道スハニ1形式スハニ6" /></a>ホームには、ラッセル式雪かき車の三菱石炭鉱業大夕張鉄道キ100形式キ1形貨車と、客車の三菱石炭鉱業大夕張鉄道スハニ1形式スハニ6が展示されており、スハニ6には入る事が出来た。廃線後、夕張市に寄贈されたようだが、やはり財政難の為か、一時は、かなりの荒廃状態だったらしい。現在は、三菱大夕張鉄道保存会のボランティア活動によって修復、整備が進んでいる。車内の展示には、保存会の手による車両復活の記録があった。彼らの活動が無ければ、既にこの車両たちは朽ち果てていたのかもしれない。

駅脇に真新しい建物があったので寄ってみると、中はシューパロダムのインフォメーションセンターだった。ガイドのおばさんの説明をひとしきり聞いた後、シューパロ湖に向かうことに。<div class="clear_left"></div>

↓三菱石炭鉱業大夕張鉄道線
<iframe class="box1" width="390" height="293" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&amp;hl=ja&amp;msa=0&amp;msid=117278367755883365464.000475fb9e5bd2e51e7d4&amp;ll=43.05183,142.03743&amp;spn=0.147014,0.267792&amp;z=11&amp;output=embed"></iframe><br /><small>より大きな地図で <a href="http://maps.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&amp;hl=ja&amp;msa=0&amp;msid=117278367755883365464.000475fb9e5bd2e51e7d4&amp;ll=43.05183,142.03743&amp;spn=0.147014,0.267792&amp;z=11&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">三菱石炭鉱業大夕張鉄道線</a>を表示</small>

車でほんの数分の距離を北上すると、現在建設中のシューパロダム、そして湖が見えてきた。ガイドのおばさんに教えてもらった通り湖畔に車を止め降りてみると、湖の奥に三弦橋が見えた。シューパロダムが完成すると三弦橋を含むこの辺りはダムに沈む地帯だ。ここからさらに北側にある大夕張鉄道線沿線の街は、既に取り壊され沈む準備を終えている。

三菱鉱業の炭鉱街として栄えたこの地域、最盛期の昭和30年頃には2万人程の人々が生活していたそうだ。ここ夕張の地に立つといつも、自分が今まで暮らしてきた街々と比較し、都市って何だ？と考えさせられる。夕張は炭鉱によって栄えた街。以前暮らしていた多摩ニュータウンは東京のベットタウンとして栄えた街。そう言えば、その昔何度か通ったことのある筑波学園都市にある研究機関では、自殺者が多いとの噂を聞いた事があった。

効率化と言う切り口で特化された街には、その成り立ち故、危うさが内包しているのだろうか。逆に、しぶとく生き残る街とはなんだろう？きっと雑多なモノを呑み込む包容力があるのかもしれない、、、

ちなみに、
今話題の八ツ場ダム同様、この夕張シューパロダムも事業の一時凍結となったようだ。

【関連情報】
<a href="http://www2f.biglobe.ne.jp/~mst_iida/">ふるさと大夕張</a>
<a href="http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/5963/">三菱大夕張鉄道保存会</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/南大夕張駅">南大夕張駅</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/三菱石炭鉱業大夕張鉄道線">三菱石炭鉱業大夕張鉄道線</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/大夕張ダム">大夕張ダム</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/三菱石炭鉱業大夕張鉄道キ100形式キ1形貨車">三菱石炭鉱業大夕張鉄道キ100形式キ1形貨車</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/三菱石炭鉱業大夕張鉄道スハニ1形式スハニ6形客車">三菱石炭鉱業大夕張鉄道スハニ1形式スハニ6形客車</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/三弦橋">三弦橋</a>

追記（2009.10.26）
<a href="http://www.ss360.net/">鉄道とパノラマの旅</a>の酒井氏より関連情報（鉄分多め）についての連絡有り、追記しました。
鉄道ホビダス：<a href="http://rail.hobidas.com/blog/natori/archives/2009/08/post_1069.html">今年も夕張「汽車フェスタ」の季節。</a>
鉄道ホビダス：<a href="http://rail.hobidas.com/blog/natori/archives/2009/06/post_1034.html">大夕張鉄道ナハフ１の修復本格化。</a>]]>
    </content>
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    <title>日出クラシックパーク - オースチンA50ケンブリッジ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.panorama-journey.com/panoramas/2009/10/hinode_park.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.panorama-journey.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=654" title="日出クラシックパーク - オースチンA50ケンブリッジ" />
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    <published>2009-10-04T12:34:03Z</published>
    <updated>2009-10-04T14:58:37Z</updated>
    
    <summary>9月の連休、シルバーウィークの初日、夕張近く栗山町にある日出クラシックパークを訪ねた。廃校となった小学校の体育館を利用したクラシックカーの展示ホールである。以前、雑誌で見てから、クラシックカーと廃校の組み合わせが、かなり気になっていた。</summary>
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            <category term="town" />
    
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        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20090919_hp3')"><img class="box1" alt="Flash Panorama" title="Flash Panorama" src="/images/p20090919_hp1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(138)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
日出クラシックパーク↑[Flash Panorama 全5映像]

9月の連休、シルバーウィークの初日、夕張近く栗山町にある日出クラシックパークを訪ねた。廃校となった小学校の体育館を利用したクラシックカーの展示ホールである。以前、雑誌で見てから、クラシックカーと廃校の組み合わせが、かなり気になっていた。]]>
        <![CDATA[札幌方面から夕張に抜ける道道3号線を走り、目的地付近でユルユルと走っていると小さな看板を発見し左折、細い道を数十メートル走るとすぐに古い木造の体育館が見えて来た。

<a href="/panoramas/images/p20090919_hp0_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="日出クラシックパーク入口・Cafe麗燈露"><img src="/panoramas/images/p20090919_hp0_img1s.jpg" class="box1" alt="日出クラシックパーク入口・Cafe麗燈露" /></a>
↑日出クラシックパーク入口・Cafe麗燈露（レトロ）

建物に入るとすぐに麗燈露という喫茶室があり、その奥が展示ホールとなっていた。さっそく、オーナーの横山さんにお話を伺いながらホールを拝見。横山さん、札幌で横山商事というクラシクカーからGTカーまで、個性のある車を扱っているお店を経営している。

<a href="/panoramas/images/p20090919_hp0_img3l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="日出小学校の門と閉校記念の碑"><img src="/panoramas/images/p20090919_hp0_img3s.jpg" class="box1" alt="日出小学校の門と閉校記念の碑" /></a>
↑旧日出小学校入口に残る門柱と閉校記念の碑

ホールには、一部、販売車両もあるが、横山さんのコレクションが主に展示されていてるようだ。横山さん曰く「当初、車の保管場所としての倉庫を探していて、いい物件があったので借りてみたら、体育館、そしてパークゴルフ場まで付いていたんです」とのこと。なので、展示ホールのことなんて、まったく考えていなかったそうだ。当時、体育館は廃墟状態で中はゴミの山。しかし、その壁をこすると、大きな絵が現れてきて驚き、感動し、このスペースを何とか生かしたいと思ったそうだ。

体育館正面に大きく飾られている絵の下側には、
全校児童51名による共同製作「校舎全景」昭和50年3月31日
と書かれていた。

この日出小学校は昭和56年（1981年）に廃校となっている。なので、その5年前に描かれたものだ。そして、廃校と共にその絵も朽ち果て、その存在を消そうとしていたが、発掘され、見事復活したのである。この絵、なぜか車を見ていても、ついつい見上げてしまう。まるで、発掘されたのが必然？だったようにも感じさせる、そんな存在感がある。

<a href="/panoramas/images/p20090919_hp0_img4l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="日産・オースチンA50ケンブリッジ"><img src="/panoramas/images/p20090919_hp0_img4s.jpg" class="box1" alt="日産・オースチンA50ケンブリッジ" /></a>
↑日産・オースチンA50ケンブリッジ

展示されている車の中、気になった車二台程、内部を見せてもらった。まずは、昭和34年（1959年）式の<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/日産・オースチンA50ケンブリッジ">日産・オースチンA50ケンブリッジ</a>。この車、日産が英国の<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/BMC">BMC</a>と契約し、1955年〜1960年にかけて<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/ノックダウン生産">ノックダウン生産</a>していたものらしい。内部は、まだレストア前の状態だったが、その心臓部、水冷直列4気筒OHV、1500ccのエンジンは好調なようだ。日産は、このオースチンを通じて吸収した技術を、後に登場したセドリック等に生かしたらしい。セドリックが登場した1960年には、オースチンの生産は終了している。

ところで、
この日産・オースチンA50ケンブリッジ、映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」にも出演しているようだ。そのズングリした格好が、今となってはとても魅力的だ。

ちなみに、
日産・オースチンA50ケンブリッジのインテリアのパノラマ＆エンジン音は<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20090919_hp1')">こちら</a>からどーぞ。

【日産・オースチンA50ケンブリッジ関連情報】
wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/日産・オースチンA50ケンブリッジ">日産・オースチンA50ケンブリッジ</a>
日本の自動車技術240選：<a href="http://www.jsae.or.jp/autotech/data/1-21.html">オースチンA50ケンブリッジサルーンB131型</a>
weblio：<a href="http://www.weblio.jp/content/オースチン・A50ケンブリッジ">オースチン・A50ケンブリッジ</a>
gazoo：<a href="http://gazoo.com/meishakan/meisha/shousai.asp?R_ID=8208">ニッサン オースチンA50ケンブリッジ・サルーン デラックス</a>
<a href="http://www.asahi-net.or.jp/~rf7k-inue/">昭和30年代の車</a>：<a href="http://www.asahi-net.or.jp/~rf7k-inue/izen/no-5/austin/austin.html">日産・オースチン</a>
YouTube：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=joPd2ggoQqg">Austin Cambridge A 50</a>
YouTube：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=deXfhS-tXPY">ALWAYS 続・三丁目の夕日【予告編】</a>

<a href="/panoramas/images/p20090919_hp0_img5l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="マツダ ファミリア ロータリーTSS"><img src="/panoramas/images/p20090919_hp0_img5s.jpg" class="box1" alt="マツダ ファミリア ロータリーTSS" /></a>
↑マツダ ファミリア ロータリーTSS

こちらは、昭和46年（1971年）年式のマツダ ファミリア ロータリーTSS。この車、ファミリアとしては二代目で、ロータリーとしては珍しいセダンタイプである。前述のオースチン（1959年）に比べ、ボディーラインはスッキリ、ヘッドライトは角型とモダンな印象だ。この車、今、道路を走っていても、そんなに違和感が無いのかもしれない。逆に言うと、昭和の匂いプンプンのオースチンに比べると、クールで微香？といったイメージか。

ところで、夕張、そしてファミリアとくれば、やはり、映画「<a href="/panoramas/2008/10/yellow_handkerchief.html">幸福の黄色いハンカチ</a>」に登場した四代目ファミリアが思い出される。第一回の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した五代目に比べると、地味ではあるが、印象に残る車であった。

マツダ ファミリア ロータリーTSSのインテリアのパノラマは<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20090919_hp2')">こちら</a>。現在、バッテリー調整中につきエンジン音は無い。

【マツダ ファミリア関連情報】
MAZDA <a href="http://www.mazda.co.jp/philosophy/history/familia/">ファミリア物語</a>：<a href="http://www.mazda.co.jp/philosophy/history/familia/story/p3.html">開発ストーリー</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/マツダ・ファミリア">マツダ・ファミリア</a>
YouTube：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=rDVZUOAL3MU">MAZDA FAMILIA Ａd</a>

<a href="/panoramas/images/p20090919_hp0_img2l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="野菜カレー"><img src="/panoramas/images/p20090919_hp0_img2s.jpg" class="box1" alt="野菜カレー" /></a>
↑日出収穫たっぷり「野菜カレー」¥850なり

ひとしきり車を鑑賞したあとは、麗燈露のコーヒーと野菜カレーを頂いた。結構ボリュームがあり満足。ちなみに、ホールの入場料は500円だが、麗燈露にてコーヒーや食事をした場合、入場無料となるそうだ。北海道でのツーリングの際、寄ってみてはいかがだろうか。風景を観ながらのランチも良いが、昭和の空間に浸りながらも、なかなかのものである。

【日出クラシックパーク】
北海道夕張郡栗山町字日出230-1
電話：0123-75-2887
営業期間：5月連休前〜10月下旬の土日祝日

本社：（有）横山商事
北海道札幌市東区北23条東1丁目7番17号
電話：011-751-3956]]>
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    <title>ツール・ド・北海道2009</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.panorama-journey.com/panoramas/2009/09/tour-de-hokkaido.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.panorama-journey.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=647" title="ツール・ド・北海道2009" />
    <id>tag:www.panorama-journey.com,2009:/panoramas//1.647</id>
    
    <published>2009-09-18T13:56:51Z</published>
    <updated>2009-09-18T13:57:48Z</updated>
    
    <summary>2009年9月13日（日）、ツール・ド・北海道2009の最終ステージ（第6ステージ）、モエレ沼公園でのクリテリウム競技の模様である。今年のレースは、道北・道央地域を中心としたコースで、9月9日（水）に旭川市をスタートし、前日の9月12日（土）には岩見沢市にゴール（第5ステージ）している。</summary>
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            <category term="event" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.panorama-journey.com/panoramas/">
        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20090913_th1')"><img class="box1" alt="Flash Panorama" title="Flash Panorama" src="/images/p20090913_th1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(137)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
ツール・ド・北海道2009↑[Flash Panorama 全4映像]

2009年9月13日（日）、ツール・ド・北海道2009の最終ステージ（第6ステージ）、モエレ沼公園でのクリテリウム競技の模様である。今年のレースは、道北・道央地域を中心としたコースで、9月9日（水）に旭川市をスタートし、前日の9月12日（土）には岩見沢市にゴール（第5ステージ）している。]]>
        <![CDATA[↓スタート直後
<a href="/panoramas/images/p20090913_th0_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="モエレ沼公園：レース・スタート直後"><img src="/panoramas/images/p20090913_th0_img1s.jpg" class="box1" alt="モエレ沼公園：レース・スタート直後" /></a>
<object type="application/x-shockwave-flash" data="/fpp/files/dewplayer.swf?mp3=/fpp/data/p20090913_th0.mp3&amp;showtime=1&amp;bgcolor=FFFFFF" width="200" height="20"><param name="wmode" value="transparent" /><param name="movie" value="/fpp/files/dewplayer.swf?mp3=/fpp/data/p20090913_th0.mp3&amp;showtime=1" /></object>
会場に着いたのは、スタートの1時間程前の午前8時頃。前日の天気予報では札幌市は午前中雨。北海道の今年の夏を象徴するかのように、どんよりと、いまにも雨が降りそうなレース前の状況であった。

まずは、いつもお世話になっているツール・ド・北海道協会広報部の加賀さんにご挨拶。前日までのレースの状況はメディア等で、前年度個人総合優勝の宮澤崇史選手がトップであることは知っていたが、詳しい状況を伺った。「20秒程のタイム差があるので、よっぽどのことが無ければ間違いないでしょう」とのお話を聞き、ちょっとホットする。と言うのも、昨年の宮澤選手の走り、また、レース後のインタビューで見せたその屈託のない笑顔が、とても魅力的に感じていて、個人的には連覇を期待していたのである。

今年に入ってから宮澤選手の状況は、彼のブログ<a href="http://bicycle.arekao.jp/">たかし・遥かなるシャンゼリゼを目指して</a>にてチェックしていたのだが、イタリアのチームに移籍後、所属チームの運営トラブル？で、なかなかレースに出られない状況が続いていた。そんな中、7月にEQA梅丹本舗グラファイトデザインに復帰。そんな訳で、余計に期待は膨らんでいたのである。

↓レース中盤、野外ステージ、モエレ山付近
<a href="/panoramas/images/p20090913_th1_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="モエレ沼公園：野外ステージ、モエレ山付近"><img src="/panoramas/images/p20090913_th1_img1s.jpg" class="box1fl" alt="モエレ沼公園：野外ステージ、モエレ山付近" /></a>
午前9時、スターターピストルにてレース開始。コースは昨年と同じため、見所になりそうな場所は目星がついているので、早速移動開始。時折、ぽつりぽつりと雨粒が落ちるが、天気は、なんとか持ちそうな状況だ。

レースが始まると、集団は徐々にバラけてくる。ゴール付近では実況中継が聞こえ、状況が把握出来るのだが、広い周回コースの中では、その音も届かず、順位、タイム差はほとんどわからない。そのスピード故、なかなか選手の表情を伺い知ることは出来ないが、終盤ともなると、その全身から発散する必死さ？で緊張感が伝わってくる。もちろん、グリーンジャージからも。そしてゴール。結果、5秒差での宮澤崇史選手の勝利であった。どおりで、その必死さが伝わってきた訳だ。

今年は、ツール・ド・フランスでの別府史之、新城幸也両選手の活躍で、国内でも自転車ロードレースが注目された年だと思う。毎年感じることだが、そのカラカラと言う音と共に吹き抜ける風の爽やかさ、そして、その風とは対照的な熱いレース展開。自転車ロードレースの魅力は、メカニカルな感じと人間くささのバランスの絶妙さにあるようにも感じる。

宮澤さん、このペースで今年前半の運気を吹っ飛ばし、来年の北海道は、パリ経由ということで、ぜひ、、、

レース結果は、
個人総合時間賞：宮澤崇史（EQA・梅丹本舗GDR）
個人総合ポイント賞：宮澤崇史（EQA・梅丹本舗GDR）
個人総合山岳賞：清水都貴（EQA・梅丹本舗GDR）
U23個人総合賞：内間康平（鹿屋体育大学）
団体総合時間賞：シマノレーシング
である。

【関連情報】
<a href="http://www.tour-de-hokkaido.or.jp/">ツールド北海道 TOUR DE HOKKAID</a>
<a href="http://takashi.geo.jp/">宮澤崇史オフィシャルサイト</a>
Cyclisme Japon：<a href="http://www.cyclisme-japon.net/">EQA - 梅丹本舗 - グラファイトデザイン</a>

【サイト内関連情報】
panoramas：<a href="/panoramas/2008/10/tour-de-hokkaido.html">ツール・ド・北海道2008</a>
panoramas：<a href="/panoramas/2007/09/tour-de-hokkaido.html">2007 ツール・ド・北海道国際大会</a>
panoramas：<a href="/panoramas/2006/09/tour-de-hokkaido.html">2006 ツール・ド・北海道国際大会</a>
<a href="/moere/">モエレ沼公園インデックス</a>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>トルン・ライブ 小栗久美子</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.panorama-journey.com/panoramas/2009/07/trung.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.panorama-journey.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=620" title="トルン・ライブ 小栗久美子" />
    <id>tag:www.panorama-journey.com,2009:/panoramas//1.620</id>
    
    <published>2009-07-09T15:47:20Z</published>
    <updated>2009-07-11T05:57:13Z</updated>
    
    <summary>イコロの森のキャンドルナイト・イベントとして行われたトルン奏者 小栗久美子さんのライブ風景である。</summary>
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        <name>keiji</name>
        
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        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20090620_og1')"><img class="box1" alt="Flash Panorama" title="Flash Panorama" src="/images/p20090620_og1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(136)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
トルン演奏風景 小栗久美子↑[Flash Panorama]

イコロの森のキャンドルナイト・イベントとして行われたトルン奏者 小栗久美子さんのライブ風景である。]]>
        <![CDATA[<a href="/panoramas/images/p20090620_og1_img1l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="トルン演奏 - 小栗久美子"><img src="/panoramas/images/p20090620_og1_img1s.jpg" class="box1fl" alt="トルン演奏 - 小栗久美子" /></a>正直、トルン（Trung）は、見るのも、聴くのも初めてである。なので、まずは、トルンについてのご説明。

トルンとは、竹で出来たベトナムのタイグエン（中部高原）地方の民族楽器。小栗さんの解説によると、もともとは、農作物を荒らす動物たちを追い払うために鳴らす道具だったらしい。その道具が進化して、現在のトルンになったとか。この竹、日本のものより薄く、節が長く、笛なんかにも使われているそうだ。

私自身、当日は、北川陽稔さんの写真・映像展「<a href="http://d.hatena.ne.jp/Art-Activity-UTONAI/20090611/1244727649">森と水の庭</a>」を拝見するため、朝から森に行っていた。夕方、会場のレストランにてコーヒーを頂きながら一休みしていると、大きな荷物を抱えた小栗さんが現れた。そして、ケースを開け、楽器のセットアップ。その様子を興味津々拝見させて頂いた。丁度、木琴を縦にしたような感じだろうか、その形から、そんな第一印象を受けた。

そしていよいよコンサート開始。その音色、とても素朴で、イイ意味ワイルド。そのシンプルな作り故、洗練されたポピュラーな楽器には無い、その素材感（竹）を強く感じさせてくれる。

小栗さんの演奏、そのスレンダーな姿から想像できないほどダイナミックである。目を閉じるとベトナムの大地が語りかけてくる、そんなコンサートであった。<div class="clear_left"></div>

<a href="/panoramas/images/p20090620_og1_img3l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="カラマツキャンドル"><img src="/panoramas/images/p20090620_og1_img3s.jpg" class="box1fl" alt="カラマツキャンドル" /></a>小栗さんにお願いして、音源を一曲提供して頂いた。曲は、コンサートの最後に演奏された、ベトナムの民族音楽「タイグエン地方に帰る」。パノラマ内で聴くことが出来るのでゼヒ！

このコンサート、さっぽろキャンドルナイト2009のイベントとして行われたもので、コンサートが終わった午後8時からは、レストラン内には手作りのキャンドル、そして、レストラン・ガーデンには、カラマツキャンドル（写真左）が点灯された。初夏のイコロに、アジアの風がゆっくりと流れた、そんな一時であった。
<div class="clear_left"></div>

【関連情報】
<a href="http://www.geocities.jp/nhaccu_vn/">トルン奏者 小栗久美子ホームページ</a>
<a href="http://trung.jp/">日本トルン協会</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/タイ・グエン">タイ・グエン</a>]]>
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    <title>岩永時計店</title>
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    <published>2009-06-29T11:34:53Z</published>
    <updated>2009-06-29T11:35:42Z</updated>
    
    <summary>明治29年（1896年）創業、小樽の岩永時計店である。店内には、古い掛け時計、珍しい機械式腕時計等が多数展示されている。そして中央には店のシンボルである大きな古時計がある。</summary>
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        <name>keiji</name>
        
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        <![CDATA[<a href="javascript:;" onclick="winop_fpp('fpp-full.php?id=p20090622_in1')"><img class="box1" alt="Flash Panorama" title="Flash Panorama" src="/images/p20090622_in1_bna1.jpg" /></a><a href="javascript:;" onclick="openMarker(135)"><img src="/common/map_btn01.gif" alt="MAP" title="MAP"></a>
岩永時計店↑[Flash Panorama 全3映像]

明治29年（1896年）創業、小樽の岩永時計店である。店内には、古い掛け時計、珍しい機械式腕時計等が多数展示されている。そして中央には店のシンボルである大きな古時計がある。]]>
        <![CDATA[この大きな古時計、創業時に横浜の商社から購入したフランス製で現在113歳、今も現役で時を刻んでいる。専務取締役の岩永篤さんにお話を伺った。「この時計、ゼンマイ式と違い重力の力を利用した分銅引きなので構造がシンプルで壊れにくいんです」とのこと。分銅引きとは、ヒモに吊るされた分銅が落ちる力を利用して動くシステムらしい。

<img src="/panoramas/images/p20090622_in1_img3.jpg" class="box1" alt="分銅引き大時計" />
文字盤に「J.COLOMB & Co」の文字が書かれていたので、帰宅後ちょっと調べてみた。すると、<a href="http://www.kodokei.com/">TIMEKEEPER古時計どっとコム</a>にかなり詳しく書かれていた。

J.COLOMB & Coは、当時、横浜で時計を輸入販売していた外国の商社（商館）の名前だった。明治時代、この商館が販売した分銅引き大時計は、内部の機械は輸入、外箱は国産のいわゆる和洋折衷スタイルだったらしい。そう言えば、この外箱、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/菊花紋章">菊の紋章</a>が多数ちりばめられており、とても日本的な印象である。

創業者から4代目の岩永さんにとっては、すでに「おじいさんの古時計」を超えてしまっている訳だが、そのドッシリした姿は、小樽の街や人々を見守っているような包容力や存在感を感じさせる時計であった。

店内の一角には、時計修理の作業場がある。数年前、長く勤められていた、腕の良い職人さんが亡くなられてからは使われていないそうだ。無理を言って中を拝見させていただいた。作業机の上は、部品や道具が置かれたままの状態で、職人さんの気配を感じるような、そんな空気が漂っていた。

<a href="/panoramas/images/p20090622_in3_img2l.jpg" rel="lightbox[roadtrip]" title="岩永時計店外観"><img src="/panoramas/images/p20090622_in3_img2s.jpg" class="box1fl" alt="岩永時計店外観" /></a>この岩永時計店、その建物も創業当時の姿を残した貴重なものである。戦後、老朽化の為、補修や改造がなされたようだが、現在は復元され、創業当時の姿を取り戻している。岩永さん曰く「屋根の上のシャチホコの復元には、職人さんから、やってみないと、いくらかかるか分らないと言われました」とのこと。復元には、かなり御苦労があったようだ。

建物を正面から見ると、二階中央にある大きな扉とバルコニーが目を引く。当時、岩永時計店には、店員による楽隊があり、このバルコニーで演奏もされたそうだ。なんとハイカラな時計店だったのだろう。楽隊の演奏は、小樽の街に、爽やかな西の風を吹き込んだに違いない、きっと...。

現在、この岩永時計店の建物は、小樽市指定歴史的建造物に指定されており、1993年（平成5年）には、第六回小樽市都市景観賞を受賞している。

【岩永時計店】
住所：北海道小樽市堺町1番21号
建築年：明治29年（1896年）
構造：木骨石造2階建

【関連情報】
<a href="http://www.iwanagatokei.co.jp/">岩永時計店</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/小樽市指定歴史的建造物">小樽市指定歴史的建造物</a>
Wikipedia：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/商館">商館</a>
<a href="http://www.kodokei.com/">TIMEKEEPER古時計どっとコム</a>]]>
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