旧藪商事ビル 理容「男爵」
札幌で最初に建てられた鉄筋コンクリート造のオフィスビル 旧藪商事ビル(現 三誠ビル)の一階にある、理容「男爵」です。このビル、建てられたのが1924年(大正13年)と言いますから、今年で84歳と、かなりの年代物。
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札幌で最初に建てられた鉄筋コンクリート造のオフィスビル 旧藪商事ビル(現 三誠ビル)の一階にある、理容「男爵」です。このビル、建てられたのが1924年(大正13年)と言いますから、今年で84歳と、かなりの年代物。
私の周りでも本格的にもの作りをされている方から、折にふれ何かを作っているという方まで、手仕事を日々の友としている方は多いです。そんな私たちの夢をふくらませてくれる場所の一つが手芸屋さん。今回は札幌の中心街にあるマリヤ手芸店を訪ねました。
12月24日、クリスマスイブの東京駅周辺です。約一年ぶりの東京、夜に時間が出来たので、晴海の友人に電話をしたが、お仕事中と言う事も有り、ならばと、宿の築地からカメラを抱え、ぶらあっと散策。
この夏、小樽の水天宮に近い高台に建つ旧寿原邸を訪ねました。かつては北のウォール街と呼ばれた小樽。建物は小樽で最初の衆議院議員で小豆将軍と呼ばれた雑穀商高橋直治(1856〜1926年)氏により大正元年(1912年)に建てられました。後に寿原外吉氏に所有が代わり、1986年に同家より小樽市に寄贈され、小樽市歴史的建造物に指定されました。
ここのところの移転問題やら、masaさんのブログ「Kai-Wai 散策」などで築地が気になっていた。そうそう、そう言えば、東京を離れる前に撮った築地のパノラマ、まだ未処理のままだったなぁ...っとゴソゴソ探し出す。有楽町に出た(2006.02.22)ついでに築地の場外市場まで足をNOVAした、もとい、伸ばしたのだが...訪れたのが午後と言うこともあり、どこも店じまいの最中だった。
坂道の多い函館、中でも有名なのが、ここ「八幡坂」。映画やTV等のメディアによく登場する。この坂の上から見下ろす眺めは、荒井由美の「中央フリーウェイ」の歌詞では無いが、まるで港にジャンプする滑走路のようだ。
函館港の西側に在る金森赤レンガ倉庫、函館大火(1907年)の二年後、明治42年(1909年)に建てられた。港における海運業や北洋漁業の衰退に伴い、倉庫としての役割を終えるが、昭和63年(1988年)、イベントホール、レストラン、ショップ等の商業施設へと生まれ変わり、函館の新たな観光名所となっている。
10月最初の週末、連休を利用して函館まで。函館は、私が子供の頃の数年間を過ごした街でもあります。住んでいたのは函館山の麓に近い場所で、休日ともなると、よく家族で山登りをしました。
札幌から車で約2時間半、太陽を味方につけたまち北竜町はひまわりのまちです。1980年、ひまわり「1戸1アール自給運動」に取り組んで搾油を開始したのが始まりで、1982年「ひまわり」を町花に制定しました。
昭和初期、ここ元安川と本川(旧太田川)に挟まれた中州は、城下町の面影を残す活気のある街だったそうだ。戦後、「広島平和記念都市建設法」が制定され、廃墟となったこの地域は広島平和記念公園となった。
この夏、キャンドルナイト2007で「原爆の残り火」のカンテラに触れてから、被爆ピアノに出会ったり、周りに何かと広島の話題が多いなぁ〜と感じておりました。そんな時、広島での仕事の話があり、なんだか不思議な縁を感じつつ、梅雨真っ盛りの7月中旬、初めての広島へ。
北海道北東部、滝上町にある芝ざくらで有名な滝上公園です。訪れたのは五月下旬の快晴の日、10万平方メートルの公園全体が眩しいほどのピンクに染まっていました。
百合が原公園「ムスカリの道」を訪ねました。青紫のフラワー・ロードには8万株のムスカリと、そこに彩りを添えるチューリップがみごとでした。ラベンダーにも似た、青紫の花を愛でながら香りに包まれて散歩するのは、とても気持ちのよい一時です。
サクラ咲くモエレ沼公園「サクラの森」です。ここにはエゾヤマザクラを中心とした約三千本のサクラがあります。その森の中には七つの遊具エリアがあり、それぞれが小径で繋がっています。
ゴールデンウィークの5日、円山公園にお花見に出かけました。札幌では11月に初雪を迎えてからほぼ半年、冬の季節を過ごします。雪がとけ、4月の中旬からは気温も2桁となり、桜の咲くゴールデンウィーク頃から本格的な花の季節を迎えます。市民の庭「大通公園」をはじめ市内の公園、街路樹の袂や家の庭先などなど、いっせいに花咲く札幌です。
昨年インターネットで「はろー書店」を見つけた。黄金のお休みの前、念願かない行くことができた。木の階段を上る時わくわくしたとおり、お店ごと買い占めて自分の部屋にしてしまいたくなるようなところだった。
かつては、ニシン漁で栄えた石狩湾を見渡す丘の上に立つ日和山灯台。1957年、木下恵介監督の映画「喜びも悲しみも幾歳月」の舞台となったところでもあります。
プレイマウンテンとモエレ山の間に位置するアクアプラザは、噴水とそこから湧き出る水の小川で構成されている。全長約150mある小川は、季節が良ければ、子どもたちの水遊びはもちろん、大人でも、裸足になって川岸に腰掛けると気持ち良さそうである。
標高62.4mのモエレ山は、札幌市東区の最高点として国土地理院の地図にも登録されている人工の山です。ダンプカー約33万台分(札幌ドーム1杯分)の土(建設残土)を運び込み、山を造成したそうです。訪れたのは真夏だったので、機材を抱えて登ると、人工の山とは言え62m、さすがにちょっと汗がにじむ。
北に円山、南に藻岩山に挟まれるように在るのが旭山記念公園。行って来たのは2006年の初秋。この公園、札幌市創建百年(昭和43年)を記念してつくられたそうです。見晴らしのよい展望台からは札幌の街が一望できます。展望台から街に向かってひな段のようになっているので好きな場所に腰掛け、くつろぎながら夜景を楽しむことが出来ます。
札幌駅から車で西に15分程の距離にあるラージヒル用のジャンプ台(K点*1120m)です。1931年、大倉喜七郎氏(大倉財閥)により建設され、札幌市に寄贈されたました。「大倉山」の名前はこれが由来のようです。
600メートルの運河の両側には300本以上のポプラが並んで立っています。ベンチに座って空やポプラの木々を眺めたり、静かに渡る風を感じることができる公園です。
その日キャンパスはたくさんのイチョウ刈り!?の人で賑わっておりました。札幌市民にとっては紅葉スポットとして親しまれているこの並木。携帯のカメラに収める人、三脚を立てて、じっくりシャッターを切る本格派の方、記念撮影をする家族。秋の恵みを愛でながら、少しゆっくりとした時間が流れていました。
モエレ沼公園東側に位置するモエレビーチです。
モエレビーチはイサムノグチの「札幌には海がないからビーチを造りましょう」(公園パンフレットより)という発想から生まれたそうです。
所用で地下鉄東豊線・福住駅で降り、札幌ドーム方面へ歩いて行くと、右手に「あれ?表紙の写真の建物」それが札幌ハリストス正教会との出逢いでした。表紙というのは、その日、地下鉄で見つけた情報誌「WITH YOU」2006年春号のことです。記事には山下りんのイコン※1について書かれていました。
藻岩山は、もともとアイヌ語でインカルシペと呼ばれていて、「いつも登って眺めるところ」という意味が有るそうだ。
確かに、その頂上(標高531m)からは札幌市街地が一望出来き、晴れた日には石狩湾の先の日本海までも見渡せる。
「ちざきバラ園」は、元衆議院議員の地崎宇三郎氏の個人庭園として昭和42年に完成し、昭和45年からは一般にも公開されています。藻岩山に連なる標高93メートルの山麓です。面積は5,500坪、バラ400種、4,000株といわれています。バラ園からは札幌の街並みが見渡せる、憩いの庭園でした。
北海道遺産にも選定されている日本で唯一のビール博物館です。苗穂地区には、開拓使時代からの産業の歴史を伝える資料館や史跡があります。
柳宗理氏のデザインした札幌オリンピックの聖火台が残っているとの情報より、ネットで調べたところ、手稲山の「サッポロテイネ」に聖火台が在るらしい。さっそく現地に行ってみました。
アップルストア札幌がオープンしましたゾー。
前日のワールドカップ・ブラジル戦の後遺症か、ここのところの天候のせいなのか、ちょっとパワーダウンモードの週末の土曜日の朝、オープニングへ行って参りました。
札幌からお届けする記念すべき第一弾は、ご存知、札幌時計台。
事前調査では、なんと「日本三大ガッカリ」に入っていことが判明。
時計台の写真でよく見るのは、青い空をバックにしたものが多い。
その絵からは、さぞ、北海道の雄大な景色の中に建っているかのように
想像されるのかもしれない。
ゴールデンウィークに、いとこのNむら氏一家のお誘いを受け、話題の旭山動物園に行ってきました。旭川市は札幌から北東へ約140km、ほぼ北海道の中心に位置する、人口約36万人の都市。この街の動物園が年間200万人を超える入場者数なのだそうだ。なまらすごい(こちらでは、なまら=超だそうだ)。
有楽コンコースで、プチ昭和体験は如何!?
ここのところ、映画「ALWAYS三丁目の夕日」がヒットしたり、レトロなテーマパークがはやったりと、「昭和」がブームになっていますが、ちょと便乗して、JR有楽町駅ガード下に在る有楽コンコースへ行って参りました。
話題に便乗して表参道ヒルズに行って参りました。
設計が安藤忠雄氏と言うことも有って、ちょっと期待をしてのお出かけ。まずは、正面入口から入って、ご自慢のスパイラル・スロープへ。
日本を代表する建築家、前川國男氏(1905〜86)の自邸です。
「江戸東京たてもの園」でも異彩を放つこの建物は、戦時中の1942年に建てられた住宅です。
2005年暮れに、調布飛行場の戦争遺跡、掩体壕を訪ねました。
案内をして頂いたのは「調布飛行場の掩体壕を保存する会」の事務局長 上野勝也さんです。
今年の夏、"Panoramas of WW2 Landmarks"に参加した時、多摩地域に残る戦跡をリサーチしました。この建物が「第二次世界大戦のランドマーク」と言うテーマにふさわしいかどうか?考えた結果、残念ながら見送る事としました。ただ、建物としては、とても貴重なものなので、機会が有れば、ぜひ記録したいと思いつつ、今回の取材となりました。
先日、ご近所さまからブルーベリー山盛りのケーキとクッキーをいただきました。そのなんとおいしいこと!知りませんでしたこんなおいしいケーキ屋さんが近くにあるとは・・・
20年近く前でしょうか、建築雑誌で見た「水の教会」に衝撃を受けました。外の風景を内部空間に取り込み一体化させている発想は、まさに驚き。建築物で感銘を受けたのは初めてで、以来、安藤忠雄氏のファンとなりました。お隣の街、調布に安藤ストリートと言う情報を得て、早速、行って来ました。
Street Musicを求めて南大沢へ
多摩ニュータウンの西側に位置する南大沢は、時々、映画を見に出かける場所です。数年前にショッピングモールが出来たせいか、週末には大勢の人たちで賑わっているようです。以前、ここでストリートミュージックを聞いた記憶を頼りに、日曜の午後に出かけてみました。
Panoramas of WW2 Landmarksは、戦後60年を期に、第二次世界大戦の遺構をフルスクリーンQTVRでアーカイブすることを目的とした、世界規模のインターネット・プロジェクトです。
当ブログで紹介する第二弾は、東京都東大和市の「旧日立航空機株式会社」です。
Panoramas of WW2 Landmarksは、戦後60年を迎え、第二次世界大戦の遺構をフルスクリーンQTVRでアーカイブすることを目的とした、世界規模のインターネット・プロジェクトです。
このプロジェクトは当初、ヨーロッパ地域を対象としていましたが、今回、アジアにも拡張されたのを機会に、地元東京を取材し参加しました。当ブログで紹介する第一弾は、東京裁判の行われた「市ヶ谷記念館 大講堂」です。