大正館と画家 本城義雄
札幌から北東へ約100km、北海道のほぼ中央に位置する歌志内市にある私設資料館、大正館へ行ってきた。街は周囲を神威岳等の神々しい山々に囲まれ、東西を石狩川の支流でもあるヤマメの棲む清流、ペンケウタシュナイ川が流れる自然豊かな場所にある。「ペンケウタシュナイ」とは、アイヌ語で「砂のたくさんある沢」という意味で、これが「歌志内」の名前の由来となった。
空知地方には石炭産業で栄えた街が多く点在するが歌志内市もその中の一都市である。最盛期の1948(昭和23)年には人口46,171人を記録していたがエネルギー資源の中心が石炭から石油に変わると徐々に閉山が始まり、人口も減少の一途をたどったのである。2024年8月現在、市の人口は2,622人、民間の有識者グループ「人口戦略会議」の定義した消滅可能性自治体(※1)の中でも特に深刻な自治体の中に含まれている。
札幌から車で約1時間ちょっと、奈井江砂川ICを降り、ペンケウタシュナイ川に沿った山間の道をゆっくり進むこと約20分、旧歌志内駅跡地周辺に立っている郷土館(ゆめつむぎ)の時計台が見えてきた。その正面、一際目立つ古い煉瓦造りの建物が大正館である。この建物は、1920(大正9)年に森田商店が建てた蔵で、後(昭和9年)に大島商店(酒屋)が引き継ぎ使っていたものである。1996(平成8)年、画家で大正館の館主でもある本城義雄さんが買取り改装した後、資料館としてオープンさせた。蔵の横、「山カ・大正館」の看板の下で真っ赤な郵便ポストが目を惹く母屋を尋ねると、中からカーキ色のフィシングベストを着た本城さんがどーぞと笑顔で迎え入れてくれた。
まずは、本城さんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、この大正館、そして本城さん自身について伺った。国展の会員でもある本城さん、作品を保管する場所が必要であったこと。また、本城さんの作品は静物画が主で、そのモチーフとなる古い生活道具を大量に収集していて保管場所に困っていたこと。こんな理由で当初、大正館は本城さんの私的な倉庫としてスタートしたのだが、人伝に見せてほしいという人が増え、私設資料館として公開されることとなったのである。
蔵の中に一歩足を踏み入れるとまず驚かされるのが壁一面の古時計たち。西側の壁から年代順に所狭しと壁を埋め尽くしてる様は壮観である。旧歌志内小学校体育館の大時計、逓信省配備の柱時計、馬の装飾が施された尾張時計社の柱時計等々、その数300台以上。その他、蓄音機、映写機、電話機、ブラウン管テレビ、ラジオ、カメラ等の映像・音響機器からアイロン、釜、ランプ、タンス等の生活雑貨までその数は1万点を超える。
その中のかなりの数が過疎により家を畳む人々の家庭で行き場を失ったモノたちなのである。蔵に隣接する建物には本城さんの作品が展示されているギャラリーがある。本城さんの絵はモノを描く静物画が中心であるが、そのテーマは「生と死」である。大正館に集まってきたモノたちは、歌志内の人々と共に時を刻み、暮らしてきた生活道具たちである。そこにはきっと彼らがここで暮らしてきた記憶が刻まれているはずである。大正館はまさに歌志内の人々の「記憶の蔵」なのである。素人の感想であるが、本城さんの絵は写実的で観ていると吸い込まれるような美しさを感じる。それは捨てられたモノたちの悲哀さというよりもむしろ絵の中で永遠の生を受けた喜びのようにも感じる。
館内では本城さんが今年出版した大正館所蔵品写真集「記憶の蔵II〜本城義雄の作品とモチーフたち」が販売されている。本城さんの作品、蔵の上棟式の写真や館内の貴重な古道具の写真が載っているので訪れた際には、ぜひ、手に取って観て頂きたい。
この大正館、公開日は基本的に毎年5月のゴールデンウィークに開かれる大正館(収蔵品)展の日に限られている。ただし、5月のゴールデンウィークから10月頃までは、事前連絡の上、許諾が得られれば見学可能となっている。
(※1):消滅可能性自治体とは、20~39歳の若年女性人口が2020年から2050年までの30年間で50%以上減少する自治体のこと。
参考文献
・大正館所蔵品写真集「記憶の蔵II〜本城義雄の作品とモチーフたち」
・令和6年・地方自治体「持続可能性」分析レポート(人口戦略会議)
・歌志内における石炭鉱業の盛衰と就業構造の変化からみる過疎の考察(季刊北海学園大学経済論集)
[大正館]
住所:〒073-0403 歌志内市字本町77
電話:0125-42-2276
撮影:2024年10月02日
機材:Canon EOS R + EF8-15mm F4 L Fisheye@15mm + Nodal Ninja 4、RICOH THETA Z1
アプリ:Lightroom, Photo Shop, PTGui Pro
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